Classroom Mag:人間であるとはどういう意味ですか?

Classroom Mag:人間であるとはどういう意味ですか?

人間であるという考えがランダムな瞬間に頭に浮かんだことはありますか?それはあなたにあなたの存在と地球上でのあなたの時間におけるあなたの目的が正確に何であるかを疑わせることができます。はいの場合、あなたは一人ではありません。 

多くの科学者、哲学者、司祭、そして非常に多くの人々が究極の質問に答えようとしました、それは人間であるとはどういう意味ですか? 

実際には、この質問に対する確かな答えはありません。それは、なぜ彼らがこの地球にいるのか、そしてそこに住む人間であることが何を意味するのかを誰も知らないからです。しかし、この質問に答えようとする理論はたくさんあります。それについての詳細については、以下の読みください 

:Philosophicアプローチを
人類とそれが人間であることの意味について話アリストテレス、サルトルとデカルトのような異なった哲学者の多くがあります。それらはそれぞれ異なる答えを持っていますが、これらのいくつかは特定のアイデアによって相互に関連しています。 

たとえば、アリストテレスは、人間は特定のことを望む利己的な生き物であり、生殖したいという願望は人間になる能力を構成すると信じていました。 

人間は自分たちのために生きる生き物であることが長い間確立されてきました。これは以前は真実でしたが、今日でも真実です。この質問に対する哲学的アプローチはさまざまですが、人間は自分たちの生活を自分自身と自己保存の考えに捧げることに全員が同意しています。 

Sのcientificアプローチは
科学の世界では、チャールズ・ダーウィンは進化の父として知られています。この場合、人間であることは、ある種から別の種への進化に関連しています。しかし、これは必ずしも物理的に進化することについて話しているわけではありません。 

それはまた、年月が経つにつれて精神的および感情的に進化することを意味します。人間は年をとるにつれて賢くなり、より多くを学びます。この知識を人類に利用することが人間である目的です。 

Religiousアプローチは、
そこに異なる宗教がたくさんありますが、テーマは非常に似ています。宗教的な意味で、人間であることは奉仕と関連しています。これは、他の人々のために生き、これらすべてを可能にした一人の神に仕えることを意味します。結局のところ、重要なのは、地球上で人間としてどのように時間を過ごしたかということだけです。 

rtisticアプローチの
アートは感情のメディアと考えられています。したがって、アーティストが人類を感情にも関連付けることは理にかなっています。これは、愛、絶望、喪失、および他の多くの感情の形で来る可能性があります。 

したがって、絵画、彫刻、またはその他の形式の芸術を見るとき、人間が感じていることと、それらが彼らの存在とどのように関連しているかを解読することができます。人々は彼らの感情によって動かされ、これらは彼らが地球上で人間としての彼らの役割をどのように遂行するかを決定します。 

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ワークライフバランスを実現する方法

ワークライフバランスを実現する方法

今日、安定した快適な生活を送るための唯一の方法は、十分なお金を持っていることです。国ごとに生き方が異なり、生き残るためには生計を立てる必要があります。それで、彼らは仕事を探して、彼ら自身と彼らの家族のためにお金を稼ぐために一生懸命働きます。 

ただし、仕事に専念することには欠点があります。働きすぎると、他のものを犠牲にする可能性があります。あなたが企業のはしごを登ってより多くのお金を稼ぐことができるのは事実ですが、これはあなたの人生の他の関係を危険にさらすかもしれません。結局のところ、忙しいということは、常に他の場所に注意を向けることを意味します。  

人々は仕事と人生の他のすべてのバランスを取るのに苦労しています。時々、人々は彼らの友人や家族を忘れて、彼らの絆を弱める傾向があります。したがって、ワークライフバランスをうまく実現したい場合は、以下のヒントをいくつか見て 

ください。時間を賢く管理する 

最初に知っておく必要があるのは、時間を賢く管理することです。タスクの境界を設定する必要があるため、これは重要です。たとえば、その日に作業する特定の時間枠を設定できます。 

週末は早朝から午後遅くまで働くほうがいいです。その日の残りの時間は、次の日のためにくつろぎ、活力を与えるために残しておく必要があります。 

時間を賢く管理することができれば、これはあなたが整理された状態を保ち、他のことに時間を割くのに役立ちます。あなたは家に帰り、あなたの愛する人と時間を過ごし、そしていくつかの当然の休息をとることができます。あなたが毎日これをすることができれば、あなたはより幸せになり、平日でもそのバランスを見つけるでしょう。 

あなたの社会生活を忘れないでください忘れないでください 

人生は仕事ではないことを常に。あなたはあなたの社会生活のための時間を作り、あなたにとって重要な人々と時間を過ごす必要があります。平日の時間がない場合は、土曜日と日曜日にいつでも一緒に過ごすことができます。 

外出して少し楽しんでください!緩めることはあなたのために不思議に働き、あなたがよりリラックスした気分になるのを助けます!友達と物理的に時間を過ごすことができない場合は、暇なときにいつでも友達に電話するか、ビデオチャットをする時間を作る必要があります。 

あなたのロマンチックな関係にも時間を作ってください。仕事以外のことに集中する必要があるため、これは重要です。そうでなければ、あなたはもう友達にほとんど会わない仕事中毒として知られるでしょう。 

家族のために時間を作る

子供、配偶者、両親のいずれがいても、常に彼らのために時間を作ることが重要です。仕事がある場合でも、少し時間を取って確認してください。仕事が終わったら、週に数回両親に電話したり、昼休みに子供をチェックしたりできます。これらの簡単なことはあなたの絆を強め、あなたがあなたの家族の輪の中に存在し続けるのを助けます。 

仕事がないときは、大切な人と一緒に過ごすことが大切です。家にいて、配偶者と一緒に映画を見たり、裏庭で子供と遊んだり、両親と一緒に昼食をとったりします。彼らはあなたの努力に感謝し、彼らがあなたと過ごすことができる時間を大切にします。 

週末や休日は仕事をしないでください 

週末が近づいたら、この時間をとって休む必要があります。金曜日に仕事が終わった瞬間、仕事中のすべての行を切り取り、メールに返信しないでください。これは、あなたが自分自身のために少し時間を取って、くつろいで、あなたがしたいことをすることができる時間です。そうでなければ、あなたの人生は仕事によって消費されます。 

より多くの仕事をしているように見えるかもしれませんが、実際には、あなたはさらに自分自身を疲れさせています。月曜日が近づいてきたら、疲れ果てて、ゆっくり休んでほしいと願っています。したがって、週末や特別な休日に作業して、当然のダウンタイムを取得することは避けてください。 

あなたの人生を簡素化

する仕事に行き、あらゆる種類の問題に対処することはストレスになる可能性があります。ストレスの多い生活を職場に残し、他のすべてをシンプルにするのが最善です。配偶者や子供がいる場合、これは難しいかもしれませんが、不可能ではありません。 

本当に重要なことのために時間を作ることを忘れないでください。必要のないものや注意を払う必要のないものがある場合は、そのままにしておきます。あなたの人生にその自由な空間と時間を持っていることは気分が良く、長期的には多くのことを容易にすることができます。 

自分ルーティンを 

で設定する毎日のルーティンを設定すると、時間を管理しやすくなります。平日であろうとなかろうと、それはあなたがより整理された状態を保ち、一日を素早く過ごすのに役立ちます。あなたは、人間が何を期待するかを知っているとき、人間が繁栄し、ストレスを感じないことに気付くでしょう。

たとえば、プランナーを用意して、その日に行う必要のあるすべてのことをリストアップすることができます。次の日、そして次の日のためにこのルーチンに固執することを確認してください。変更がある場合は、スケジュールに合わせて変更を加えてください。 

結局、あなたはあなたのルーチンに慣れて、ストレスが少なくなるでしょう。 

定期的に運動 

する家に帰ってから仕事に行くまでの間に、少し余分な時間をかけて運動してみてください。通常より30分早く起きて、YouTubeでトレーニングビデオをフォローすることができます。昼休みや仕事の後にジムに行くのが好きな人もいますが、どちらが自分に合っているかはあなたが決めることができます。 

健康を維持し、運動することはあなたの体を動かすのであなたにとって良いことです。あなたは仕事に行って家に帰るのに慣れているので、フィットネスの余地はあまりありません。可能であれば、いくつかのトレーニングをスケジュールに合わせて、エネルギーを維持してください! 

職場で快適に過ごす 

ストレスを軽減するためには、職場で快適であることが重要です。たぶん、あなたはあなたの机にいくつかの特別な写真と小さな装飾を加えることができます。それはそれをよりパーソナライズされたように感じさせます、そしてあなたは家に帰ってあなたを待っているものを常に思い出させるでしょう。 

また、従業員を人間のように扱う職場を見つけることも重要です。人々はロボットではありません、そしてあなたはあなたの幸福を大切にする場所のために働きたいです。これは、適切な労働時間、実行可能なワークロード、および優れたメリットの形で提供されます。 

あなたが幸せなら、あなたは仕事に行くたびにもっと快適で繁栄するでしょう。 

趣味に触れないでくださいとる 

一生懸命働き、愛する人と時間を過ごすのは良いことですが、自分自身のためにも時間をことが重要です。趣味など興味のあるものは必ずあるので、手放さないでください。 

スポーツをしたり、音楽を演奏したり、小説を読んだりするのが好きな人なら、ぜひ行ってみてください。これらはあなたが接地を維持するのに役立つので、あなたの興味と連絡を取り合ってください。あなたの人生は単なる仕事や義務以上のものであることを忘れないでください。 

時間をかけて休憩し、好きなことをすることで、ストレスを軽減し、仕事以外のスキルを磨くことができます。だから、あなたの週の時間を割いてリラックスしてください! 

ちょっと休憩をとる

昼間でも過労などがあります。そのため、時々少し休憩を取り、息抜きをすることが非常に重要です。これらの小さな休憩は取るに足らないように見えますが、あなたのスケジュールに驚異的に働くことができます。

たとえば、コンピュータを何時間も見つめている場合は、立ち上がってオフィスを散歩してみませんか?コーヒーを淹れたり、足を伸ばしたり、YouTubeで面白い動画を見たりできます。  

新鮮な視点で仕事に戻ることができます。これは、少し休憩せずに一日中仕事に溺れるのとは対照的です。それはあなたの仕事の質にさえ影響を与える可能性があるので、あなたがそれを楽にすることを確認してください。 

毎年休暇を計画する

最後に大事なことを言い忘れましたが、毎年休暇を計画するようにしてください。これはあなたのやる気を引き出し、特定の目標に集中するのに役立つものです。事前に旅行を計画し、旅程を準備して、旅行にワクワクさせましょう! 

それはあなたに新鮮な視点を与えるので、休暇は重要です。いつものように家に帰って休む代わりに、いつもの環境から脱出し、ただリラックスすることができます。景色を変えることはあなたが思っているよりも有益でしょう。あなたが家に帰ると、あなたは元気になり、新しい日を迎える準備ができています! 

河村健介・風呂敷デザイナー〈後編〉

風呂敷をつくる人、山田繊維株式会社(京都)・開発部リーダーの河村健介さんにお話を伺う。
後編は最新商品の開発秘話や海外に向けた取り組みや、数少ない風呂敷の専業メーカーとしていま考えていることなどを伺った。

現代の暮らしに寄り添う風呂敷づくり

— むす美さんは風呂敷専門メーカーとして本当に多様な商品を手がけていらっしゃいますね。

配色違いなんかも合わせると年に百点ほど新作を発表しています。伝統的な風呂敷を作る機会は減ってきていて、例えばお着物でどこかに訪問される時に持っていただくようなフォーマルなものを新しく作るチャンスはそれほどなく、若い方に風呂敷を知ってもらおうという商品が圧倒的に多いですね。

— 原宿にあるショップに伺いましたが、伝統工芸品の堅苦しさみたいなものは全くない、明るくておしゃれな雰囲気でした。

うちの場合はあまり伝統とか京都らしさというものを前面には出していないですね。今の生活で使ってもらわないと生きていけないですから。

— それは興味深いです。個人的な感覚ですが、京都の企業は京都ブランドを是非とも生かそうとされる場合が多いような気がします。

うちは京都ブランドを売りにするほどの老舗ではないですし(笑)。
例えば和柄の商品では柄の組み合わせの良くないものは避けるなど、基本ルールは守ります。柄モチーフは昔からある文様でひとつひとつに意味のあるものですが、「包んだ時、使った時が完成形」をイメージして面白くなるようなデザイン構成を考えたり、蛍光染料なども使ってビビットな色使いにしたり。今まで通りにしたらそこそこ売れるかもしれないけど、今まで通りのことはやらないようにという考え方でやっています。

— 現代の生活というのを強く意識されているんですね。売れ筋の商品はどのようなものですか?

このあたりの和柄でリバーシブルの伊砂文様などですね。和柄といっても、和装に限らず洋服にも合わせやすいラインです。その他に、ミナの生地に撥水加工をした風呂敷はバッグにテーブルクロス、ピクニックシートなど幅広い用途でお使いいただいていますし、こちらの「こはれ」は作家さんによる柄でありながら、ラッピングなどで気軽に使っていただけるよう低価格に設定している人気のシリーズです。

新たな素材が風呂敷の価値観を変える

— 最近開発された商品について教えてください。

これはシルクの風呂敷で、富士山の麓にある富士吉田という町のネクタイ生地を作っている機屋さんで織っています。
杢糸(もくいと)といって、色の違う糸を撚り合せて織ったときにムラ感が出る糸を使っています。Tシャツなどによく使われる綿の杢糸は2〜3色の糸を撚っているのですが、こちらはシルクでしかも6色を撚り合せてあるというとても珍しいものです。
6色の杢糸と1色普通の糸の合計7糸を緯糸として使い、サテンという緯糸が見えやすい織り方をしています。原料のシルクも退色の少ないブラジル産の良質なものにこだわっています。

— なるほど、このドレッシーな印象はネクタイのシルクを使っているからだったんですね。こちらを作られたきっかけは?

ここの機屋さんに偶然出会ったということが実は一番大きいのですが(笑)。
パーティーなどにも使っていただけるようなものをということで作りました。
これは売り上げの中心となる商品にはならないと思いますが、新商品を開発するときには売上の他に、どれだけ風呂敷に興味を持ってもらえるか、今までに風呂敷としてやったことないことかなど、話題性の部分も常に考えていて、ラインアップも先進的なチャレンジをするものと、確実に売り上げに繋げたいものとのバランスを考えながら作っています。
売り上げだけを重視するのでなく、風呂敷の需要を増やさないといけないということもあるので、まず興味を持ってもらうためにこういうソリッドな商品や、有名デザイナーとのコラボレーションなどで消費者との接点を増やし、需要の分母を増やす活動も同時にやらないといけない。
前回9月の展示会ではKIGIさんとコラボレーションした新作を発表し、新たな層からの反響に手応えを感じています。

— KIGIさんとのコラボレーションはどのように進んでいったんですか?

実は僕が以前からKIGIさんのファンで、講演会で京都に来られていた時にお声がけしたのがきっかけです。
彼らには独特のテイストがあって、我々もそれを生かしたものにしたいので、風呂敷の基本的な情報として標準的なサイズや人気の柄や色などだけお伝えして、初回のデザインが上がってくるまでは、デザインについてこちらからは何も言わなかったですね。
もちろん、上げていただいたデザインに対しては色々とご相談しました。この色とこの色が隣り合っていると綺麗に染まらないなど技術的なこともありますし。
生地もKIGIのお二人に膨大な数のサンプルを見ていただいて、コスト管理もしつつ納得のいく風合いのものを厳選しました。
かなりグラフィカルなアプローチで従来の風呂敷にはない柄なので、染める際に様々な調整が必要になり、染め屋さんに何度も相談し、工場にも足を運んで進めていきました。

— 和の要素もありつつ現代的で、和服にも洋服にも合わせやすそうですね。それからこちらのデニムの風呂敷は岡山で作られているとか。

はい、クロキさんという工場に依頼しています。こういう耳付き(セルビッチ)の生地は古い織機でしか織れないため、生産スピードも遅く、織機も減る一方です。クロキさんでは、古い工場で使われなくなった織機を引き取り、修理しながらセルビッチを織り続けているんです。
デニムは独特のこだわりがある世界で、僕もこの商品をきっかけに勉強したのですがとても面白い。古い織機から生まれる生地には特有の風合いや色落ちの良さがあって、ジーンズの好きな人はセルビッチに行き着くということでした。
耳の部分に等間隔で糸が飛び出しているので、試作を見たときに「これ、不良品じゃないですか?」って聞いたんですが、実はこれが良いところで。横糸のシャトルの中のボビンが入っていて、糸が巻き付いているのですが、その糸が無くなって、変わる時に糸が飛び出した跡で、これこそが旧式の力織機(りきしょっき)を使っている証だから商品にした時も切らずに残して欲しいということだったんです。
それでも知らずに見ると不良品と思われてしまうので、説明するためのミニリーフレットをつけて残すことにしました。
他にもチェーンステッチやボタンホールを採用し、よりデニムらしさを感じるデザインを目指しました。縫製をしてくれたのは海外の高級ブランドのシャツも手がけている技術の高い工場で、そういった相談にも柔軟に対応してくださいました。どの工場も風呂敷を作るのは初めてということで、テンション高く対応していただけて作っていてとても楽しかったです。

— それは本格的ですね。ジーンズのように色落ちを楽しめたりするんですか?

そうですね。僕も工場を見学して知ったのですが、ロープ状に束ねた綿糸をインディゴの染料に浸して染めているので、表面は色づいていても芯は染まらずに残っているから、擦れによってアタリと呼ばれる白い部分が出てくるんですね。時間を経て自分だけの一枚に仕上がりますよ。

— 風呂敷の概念が変わります。しかもジーンズの生地より少し薄くて結びやすくしてある。

合わせる服も選ばないですし男性も使いやすいと思います。これはネットに上がった瞬間にオランダから注文をいただきました。オランダもデニムの産地なので関心を持っていただけたのではないでしょうか。
現状、弊社の商品は可愛らしい柄が多いと思うのですが、海外を意識するともっと洗練された大人っぽいデザインのものを増やしても良いのかなと思っています。

大まかに「海外向け」では伝わらない

— これまでの海外経験から向こうの方の好みなども把握していらっしゃるのでしょうか?

とはいえ、ロンドンとパリでは全く好みが違いますので、大まかに海外向けということではなく、対象をかなり細かく設定しないと需要に応えることはできないと思っています。その意味では海外でも日本でも影響力があるような人と一緒にものを作ってみたいですね。

— 日本では廃れつつあるように見える文化が、実は海外で定着している場合もあると聞きます。例えばフランスのマリアージュフレールなどで日本の高級な緑茶が売られていて、現地で日常的に飲まれているとか。

そうですね。僕もベルギーの友人に一保堂さんのお茶をプレゼントしてとても喜ばれたことがあります。日本人は日頃から忙しくて急須を使って葉っぱからお茶を淹れる時間もないという感じですけども、向こうでは労働環境が整っていて働き盛りの人でも文化に触れる時間が多いというか、それを実践する余裕がとても羨ましいなと思います。

— 風呂敷も実は海外で受け入れられているということもあるのでしょうか?

いや、風呂敷に関してはまだまだこれからだと思います。
僕は海外のお客様とのやりとりも担当していますが、ヨーロッパ、なかでもフランスやオランダなどで興味を持っていただけているのかなと感じています。
フランスでは日本のアニメがたくさん放映されていて、お弁当のシーンに風呂敷が出てきたり、そういうことから知られていたりするようです。
フランスの方は元々、ストールなど布ものが大好きで、他の国の独特の文化にも寛容なので、うちの会社としてもフランスに向けての発信ということは意識していますね。
オランダではグローニンゲンにあるセレクトショップの方が、風呂敷をバッグとして使っているお客さんの写真を送ってきてくださるというような交流もあって、良い反応をいただいているという感覚があります。

風呂敷を産業として持続させていくという使命

— アニメが風呂敷にも繋がっているとは面白いですね。河村さんの新商品開発のアイデアの源についても、少し教えていただけますか?

普通に毎朝ネットでデザインやファッション関係のニュースを見ますし、雑誌もよく読みますし、それで気になった展示とか場所には足を運ぶようにしています。
でも仕事で色々な工場に行った時に、そこの人になんでも聞くというのが一番近道かもしれないですね。それぞれの工場ではもちろん弊社の風呂敷だけでなく、洋服向けなど様々な生地を生産しているので、「新しい生地や加工法などを探しているんで何かあったらサンプルを送ってください」というのはいつもお伝えしていて、その中から新商品のヒントを得ることも多いです。
商社や機屋さんは日本各地にあって、それぞれ得意な生地が違います。福井の北部など日本海側なら合繊(合成繊維)、綿ならもっと太平洋側とかですね。風呂敷は商品ごとに一つずつ生地が違うので、全国各地いろんなところから仕入れるんです。
現地に行かないと資料がないですし、現地に行って作り方やサンプルをみながらこういう生地にしたいとか色々相談しながらやるので、機屋さんなどには必ず会いに行きます。さっきのデニムふろしきでもそうですが、一つの商品を作るたびにたくさん勉強するという感じがあります。

— なるほど、やはり足を使って独自の情報を捕まえているんですね。
いま目指しているのはどんなことですか?

まず風呂敷業界のトップに立ちたい(笑)。風呂敷といえばむす美という風になればいいですね。どうしても繊維業って発展途上国の仕事みたいなところがあって、国が発展すると繊維業は衰退していくんですよね。それを海外も含めて使ってくれる人を増やして、風呂敷を産業として持続させていくというのは当社のような残り少ない風呂敷専業メーカーの使命なのではないでしょうか。
弊社ウェブサイトの英語版もこれから整えていこうという段階ですが、先行してオンラインショップの英語版を用意しています。海外に向けた発信はまだまだこれからですが、興味を持ってもらえたとき、すぐに購入していただける状況を用意しておくということが重要だと思います。国内のマーケットは縮小傾向もしくは横ばいという状況ですが、英語だと多くの方々に見ていただける可能性が広がりますし。

— むす美さんの商品を購入すると使い方を説明したミニリーフレットがついていたり、ウェブでは動画で包み方が紹介されていたり、店頭で包み方のワークショップを開催されるなど、使い方を伝える様々な取り組みをされていますよね。海外の方にも使い方を説明するのは少し大変そうです。

風呂敷ってやっぱり売るのがすごく難しくて、まず使い方を伝えることは日々心がけています。
風呂敷を使う文化が全くない海外においては、バッグにもなるし、ワインボトルもいけます、ハンカチにもなりますとなんでも使えると言われると焦点がぼやけてしまうというか、かえって何か分からないと捉えられてしまうので、パッと見て使い方が分かる方が良いのではないかと思います。どういうアプローチにするかということをしっかり整理して、一番伝わりやすい方法でプロモーションするということが課題だと思います。

— 最後にこれからのご自身の展望は?

あまり年をとって若い人向けのデザインをし続けるのは難しいというか…キャラクターグッズを作っていた時に後輩がデザインしているものの良さがよく分からない、でもどうやら周りの反応を見ていると良いらしい、ということがすでにあって(笑)。
ただ、これは友人のデザイナーから聞いた話ですが、歳をとっていいことは若い時と比べて知識や経験がある分、発想する力があることなんですって。確かにそれは自分でも感じますし、今は作業をたくさんするより考えることにたくさんの時間を費やせたらと思います。

宍倉慈・料理家『VOLVER』主宰

「美味しそう」というより「美しい」。オブジェか、食べ物か? ちょっと戸惑うような不思議な世界観は、一度目にすると忘れられない。京都を拠点にウェディングやアート、ファッションに関するパーティーなどで活躍中のケータリング『VOLVER』主宰・宍倉慈さんにお話を伺った。

線引きはできない

— 料理をはじめたのはいつ頃だったのですか?

 母が料理を作るのが好きだったので、小さい頃からよくそれを手伝っていました。サラダスピナーでキャベツの千切りの水切りを手伝っていて、中でどんなふうにキャベツが回っているのか見てみたくて、回っている最中に蓋を外してキャベツを台所中にぶちまけたことをよく覚えています。遠心力なんて知らなかった小さい頃ですね。実家にいた頃はほとんど外食をしたことがなかったです。和食が中心ですが、いろんな料理を作ってくれました。時間がある時はパンやピザも家で作るので、宅配ピザも食べたことがなくて、小さい頃はピザを取るのに憧れていましたね。

— 料理写真から「クール」とか「渋い」というイメージがあって、宍倉さんに初めてお会いした時は、想像よりお若いことに少し驚きました。

 よく言われます。男性だと思われていることも結構ありますね。渋いものが好きなのは昔からかもしれません。成人式で着物を選ぶ時に、私が選ぶ色や色合わせが渋すぎて、呉服屋さんに心配された記憶があります。「ピンクとかもあるよ?」って。
 でも、ポップなものも好きですよ。海外ドラマで言うと『glee』とかも好きですし、ケイティ・ペリーもかわいいなと思ってます。

— 最近は海外ドラマにはまっているそうですね(笑)。
確かにVOLVERの料理は女らしくも男らしくもなく、中性的に思えます。

 海外ドラマと歌舞伎にはまっていますね。今更ですが“Xファイル”のTシャツも買ってしまいました。
 小学生の時はすごく男の子になりたかった時期があって、髪型も服装も男の子みたいにしていたことがあります。親が心配してレースのお花が付いた白い靴下を履かせるんですけど、学校に着いたらレースのお花の部分をハサミで切っていました。男兄弟のなかで育ったということが大きいと思います。歳の離れた兄に憧れていて、一緒に遊びたいのに女だから、小さいからと仲間はずれにされることに腹を立てていました。その頃のできごとが性や年齢などではっきり線引きされることに対するアンチにつながっているのかもしれません。根に持ちますね(笑)。
 あと、自分は完全に日本人だと思っていたのですが、25歳くらいの時にクォーターだと知ったことも大きいです。
 父親の仕事の関係で引越しが多くて故郷と呼べる場所がない感覚とか、性のこととか、血のこととか、その辺りからはっきりしていないものに惹かれるというところがあるのだと思います。

— なるほど。ところで、美術高校のご出身ということですが、幼い頃からアートに囲まれているような環境だったのですか?

 そういう家庭環境ではなく、アウトドア派でした。私が幼稚園生だった頃は家族でキャンプをしながら四万十川を下ったり、天気のいい日はよく学校を休まされて琵琶湖などに連れて行かれました。いまの時代だと怒られそうですけど。
 ただ私はそんなにアクティブに動き回るタイプではなく、そういうところに行っても水辺の観察ばかりしていました。潮だまりにいる小さい生物を見ているのがとても好きでした。

— そこから美術を志したのはなぜだったのでしょう。

 転校が多かったこともあり、学校が苦手だったんです。中学3年生で進路に悩んでいた時に、母が新聞で見つけてくれたのが京都市立銅駝美術工芸高等学校でした。
 オープンスクールに行ってみて、とにかく居心地がいいと感じました。私服の学校だったので個性的なファションの人もたくさんいて、自由で、お互いの個性を認め合っている雰囲気が漂っていました。この学校なら行きたいと思って、そこからデッサンや着彩画の勉強を始めたんです。始めるのが遅かったので不安でしたが、無事に入学できました。

アートとの出会い

— どんな高校時代でしたか?

 本当に楽しい高校時代で、素晴らしい友人や先生に囲まれて自由を満喫しました。
 高校の文化祭ではクラス演劇があって、みんなかなり本気で取り組むんです。私は確か3年間ずっと監督・脚本を担当していました。それが専攻していたテキスタイルの作品を作るよりもずっと面白かったです。物質的に残る作品より、刹那的なものや移ろいゆくものに惹かれました。
 それから舞台のことを調べて、わからないなりに様々な作品を観るようになって、dumb type(ダム・タイプ/アーティストグループ)もその時に知りました。
 今も、舞台への憧れでこの仕事をしているようなところもあります。舞台は総合芸術ですが、料理も総合的なものだし、食べたら消える。ケータリングは特に料理を置くテーブルも大きくて舞台のようです。

— 高校で演劇に出会ったことが現在に繋がっているんですね。ちなみに卒業後に舞台芸術の方向へ進もうとは思わなかったんですか?

 美術大学の舞台専攻への進学を希望しましたが、親の同意を得られず諦めました。今になって思えば、他にも選択肢はあったと思うのですが、当時はそういう風に考えられず、とりあえず何か作っていたいという気持ちで靴作りの学校に行きました。靴も好きなもののひとつだったので。
 当時は自分のやりたい事、自分に適していることが何なのか分かっていなかったんですね。でもその後、靴屋に就職して社会性を身につけられたので、結果的には良かったと思っています。
 進路のことで悩んでいた時期に、一ついい出来事があって。高校3年生の時(2004年)に滋賀県立近代美術館で開催されていた『YES オノヨーコ展』に一人でふらりと行ったのですが、『Telephone Peace』という、会場の片隅に設置されている電話機に、オノヨーコさんから電話がかかってくるかもしれないという作品があって、行った時にちょうど電話が鳴り、お話しすることができたんです。私はオノヨーコさんの作品が好きなので、その事や感想などを伝えたら、「あなたも自分の好きな事を一生懸命やってください」と言ってくれました。それは強烈なアート体験で、シンプルな事でこんなにも人にポジティブな影響を与えられるなんて、なんてかっこいいんだと思いました。ふとした時に思い出しては背中を押してもらっています。

料理は友人の勘違いから

— それは凄い体験ですね。そこから料理を仕事にすることになったのはどういう経緯だったんですか?

 2009年にdots(パフォーミング・アーツ・カンパニー)の『KISS』というダンス作品が北山の陶版名画の庭で上演される際に、音楽を担当していた友人の勘違いから、カフェ出店の依頼があったのがきっかけです。

— 勘違い、ですか。

 はい。私の兄が料理人だと言う話を、私が料理をしていると勘違いされていて、それで声がかかりました。でも、ちょうど仕事をやめたところだった事もあり、不安より興味が勝って引き受けたんです。
 会場でドリンクを販売し、スタッフの食事を作りました。その時に急遽決めたのが今の屋号です。ペドロ・アルモドバルの映画『VOLVER』が大好きなのでそこからいただきました。

— 映画では主人公が突如一人娘との生活を支えなければならなくなり、偶然近くで映画の撮影をしていたクルーにまかないを作って日々を凌いでいく。なんとなく重なる部分がありますね。

 その時の体験が面白くて、調理の仕事をしようと。はじめは産婦人科医院の厨房に就職して、その後『Social Kitchen』というイベントスペースとシェアオフィスがある場所で、カフェのキッチン担当として働きました。『Social Kitchen』ではアートから政治まで多様なイベントが行われていて、刺激的な日々を過ごしました。私自身も環境省の支援をいただいて有機農家さんと一緒に循環型飲食店を目指すプロジェクトに関わったりと、沢山の事を学ばせていただきました。
 そして2013年に独立して、現在のVOLVERが始まったんです。

— 飲食で開業するときは設備を揃えたりするのに大きな資金が必要というイメージがあります。独立後はどんなスタートでしたか。

 私の場合はまとまった資金を調達して始めたということではなく、自分のできる範囲で小さなスペースから始めました。ご依頼いただいた仕事に対応するため、必要に迫られるかたちで少しずつですが、広い場所に移ってきました。とはいえ、現在も小さなアトリエです。
 理想を言えば、畑や果樹がある大きな庭付きの広い厨房で仕事ができて、生ゴミも堆肥化できたらいいなと思いますけど。動物もいて。でももし違うことがしたくなったら、とか考えてしまうので今は出来る範囲の中でやっています。
 はじめは仕事がなくて、前の職場で知り合った方からポツポツとご依頼をいただく程度でした。その頃借りていた店舗で月に1、2回レストラン営業をして、来てくださったお客さんからの口コミなどで少しずつ依頼が増えていきました。

— 初めから現在に至るまで、いわゆる営業活動をしていないそうですね。

 そうですね。お客さんからのご紹介や、なにかのパーティーでケータリングを食べて気に入ってくださった方から繋がって今があります。ありがたいことです。

「美味しい」とは

— 他にない料理なので大切な人に紹介したくなる気持ちがわかります。ユニークなビジュアルはどんなところから発想されているんでしょうか?

 ほとんど自然物からです。行き詰まったら自然のある場所を散歩します。雨の翌日に散歩をすると水たまりができていて、そこに落ち葉がいっぱいに浮かんでいるのを見て「こういうスープを作りたい」と思ったり。
 私は視覚に対するこだわりが強いので、自分が落ち着くものを作っていると自然とこうなってしまったという感じで、ある種の癖や特性みたいなものなんだと思います。

— では、味付けはどのように考えていますか?

 見た目がちょっと不思議な分、味は優しく落ち着くものということに重きをおいています。基本的にお出汁やお味噌、お醤油などがベースです。まず素材そのものを食べてから何を足すか考えます。見た目と味のギャップがあるのも、固定概念が変わって面白いので意図してそういう味付けにする事もあります。

— 初めて手を伸ばす時、少し緊張しました(笑)。レストランでは季節や月替わりに新しいメニューが出たりしますが、宍倉さんはどんな風に新しいメニューに取り組まれますか。

 様々なご依頼をいただくので、毎回イベントの趣旨やお客様の層、パーティーの様式などから適したメニューを考えています。そのご依頼内容によって、必要であれば新しいメニューを作ります。食材から新しいアイデアが見つかることが多いので素材と向き合ったり、映画や展示、自然を観に行ったりして刺激をもらって考えます。

— 素材といえば、ちょっと珍しい野菜もたくさん使われていますよね。ベジタリアンというわけではないけども、野菜の割合が多い。

 そうですね。野菜に一番興味がありますし、お肉やお魚ももちろん美しいですが、自分は野菜の美しさに一番惹かれますし、この美しさを沢山の人に見て欲しいと思っています。お皿やお弁当箱を地球と見立てたらこのくらいの割合が環境にいいのかな、と自分なりに考えた結果でもあります。これまでで一人だけ、それに気づいてくれた人がいました。でも、食べ盛りの男性が多い賑やかなパーティーなどではお肉料理を多めにしますし、ケースバイケースで、強いこだわりがあるわけではないですが。

— どういうものを「美味しい」と思いますか?

 美味しいという感覚は曖昧で、味覚は体調や気候の影響でも変化しますし、人それぞれだと思いますが、私にとっては、優しさや思いやりでしょうか。こうした方が美味しいとか、大変だけどこうした方が安全とか、食べる人の事を考えてくれている農家や畜産家、漁師、料理する人、接客する人など、みんなの思いやりと優しさの連鎖が「美味しい」ということになるのではないかと思います。

— 今までで特に印象的だった仕事はありますか?

 どのご依頼も印象深くて嬉しいですが、dumb typeの30周年パーティーです。タイムマシンで高校生の頃の自分に教えてあげたかったです。
 毎年頼んでくださる(西洋民芸の店)『グランピエ』さんのお仕事も嬉しいです。手書きのお手紙でご依頼をくださることもあり、嬉しさが増します。
 一度イランの方と日本の方の結婚パーティーをしてからイランと不思議なご縁ができたのも印象的です。そのパーティーでは新郎新婦の生まれの日本料理とイラン料理、育った国のベルギー料理の三種類の料理を出して欲しいというご依頼があって、ベルギーとイランは行ったことがないので正解かどうか分からないけどそれでも良ければ、ということでご了承を頂いて、お店に食べに行ったりレシピを調べて作ったのですが、当日食べて頂いたら「(英語で)これイランのやつや!」と喜んでくださっていてほっとしました。
 その後も、グランピエさんのイベントでお弁当を食べてくださったイギリス在住のイランの映画監督のご夫婦と仲良くなってイランの食材やレシピ本を送ってくださったり。そしたら次は、アメリカ在住のまたもやイランの映画監督の結婚パーティーのケータリングのご依頼を頂き、イラン料理を出して欲しいというリクエストがあってお作りしたら「(英語で)これおふくろの味や!」と喜んでくださっていて、嬉しかったです。
 私が知り合うイランの方は亡命して他国で暮らしている方が多いので、自分が作った料理を食べて気持ちだけでも帰郷してくださる姿を見ると胸が熱くなります。
 「VOLVER」は「帰郷」という意味なので、この屋号にしてよかったなと思った瞬間でもあります。

— パーティーでは驚きのある料理を提供される一方で、毎年とても伝統的な御節(おせち)も作っていますよね。

 はい。御節は料理を仕事にする以前から実家で作っていました。元々は母が御節を作っていたんですが、祖父の介護などが忙しくなって作れなくなった時に、私が作るようになりました。
 調べていくととても興味深くて。それぞれの品目にいわれがあるじゃないですか、縁起を担いだ駄洒落みたいなのも多い。それが江戸時代から受け継がれていて、現代でもこんなにみんなが食べているということ自体が面白いですし、それを祈りながら作って、みんなで食べて…。かわいいですよね、平和で、愛に溢れていて。だから御節は大好きです。年が変わるあの瞬間って平和ですよね。神人共食という観点からもとても興味深くて、日本のいいところが詰まっているなと思います。
 御節の意味や由来を詳しく知らない若い方が、VOLVERで御節を買ってくれて、「これがきっかけでいわれや意味を知ってすごく面白かったです」という感想をわざわざメールしてくださった時は嬉しかったです。

得意なことを伸ばし、いろんな人と支え合えたら

— 活動している中で困難に立ち向かわないといけない場面も多々あるのではないかと思いますが、どう乗り越えていらっしゃいますか?

 やるか、やらないか迷ったらやる方を選ぶ事ですかね。失敗して恥をかいたり傷ついたりしても少しは前進できるので。
 そして周りと比較せず自分を見つめる事。うまくいかない時は自分の中に答えがあるので、痛みを伴っても見つめます。すぐに対処できなくてもいいので、原因を探します。
 自分の適性を見極めて得意なことを伸ばして、足りない部分はそれを認めて、いろんなタイプの人が支えあって楽しく過ごせたらいいなと思います。
 広い世界を見るのも元気が出ますし、ダンスミュージックをかけて踊ることも大事です(笑)。

— では最後に、これから挑戦したいことを教えてください。

 料理の本を出すこと。映画や映像作品のフードコーディネート。廃棄食品の有効活用などにも興味があります。デザインやビジュアル面に自分が培ってきたものを活かして、一部の人たちだけのものではなく、沢山の広がりがあるバランスのいいことができればと思います。
 あと、調理の際に出る野菜や果物の皮など処分する部分を使って草木染めをしたいと思っています。これは去年ようやくできて一年間貯めた玉ねぎの皮で風呂敷を染めて御節を買ってくださった方に差し上げました。でもそれだけしか出来なかったので、今後はもっと色んな食材でしてみたいと思っています。
 そしてまだあるのですが(笑)、3、4年前に見た夢があって、舞台の公演なんですが、会場がレストランで、観客も演者もお店のテーブルに座っていて、同じものを食べながら舞台が進行していくんです。具体的に考えると難しそうですけど、その夢のことが忘れられなくて、いつか実現できれば良いですね。

宍倉慈・ケータリング『VOLVER』主宰2009年にイベント出店で初めてのケータリングを行い、「VOLVER」という屋号を付ける。その後、幾つかの厨房、農園などで働いたのち、2013年に独立。学んできた芸術、畑での野菜作りの経験などから、自然の美しさ、旬の食材の美味しさを大切にした料理を提案。京都を拠点とし、関西圏内を中心に展覧会のレセプション、ファッションブランドのパーティー、舞台などへのケータリングやお弁当作りをしている。また、『北大路魯山人の美』展(京都国立近代美術館)、APP ARTS STUDIO企画のワークショップでの盛り付けの講師、雑誌のフードコーディネートや、レシピ開発等も行なっている。
http://volver.jp

料理写真提供:VOLVER
Text & Photo:Masae KOBAYASHI