Classroom Magで読書の修正を入手してください!

Classroom Magで読書の修正を入手してください!

Classroom Magは、人生に関するあらゆることについてのあなたの頼りになるウェブサイトです!ブラウジングを開始するときは、好きなものを選んで何時間ものエンターテイメントを楽しんでください。以下のウェブサイトで提供するカテゴリの詳細をご覧ください。 

プロとしての生活
私たちは仕事の重要性を知っているので、プロフェッショナリズムの世界とどのように優位に立つことができるかについてすべて読むことができます。あなたが仕事と私生活のバランスについてもっと学びたいのか、それともあなたがその昇進を得る方法について学びたいのか。 

哲学的トピック
誰もが人生とそれが人間であることの意味についてもっと学びたいと思っています。常駐の哲学教授のおかげで、哲学に関するあらゆる種類の興味深いトピックについて読むことができます。さらに、読者は質問を提出することができ、私たちのスタッフはそれらに答えるのに時間がかかります! 

愛と人間関係
ここClassroomMagで公開しているもう1つの人気のあるトピックは、愛と人間関係です。私たちの読者は、愛と呼ばれるこの厄介なことと、人間関係をナビゲートする方法についてもっと知りたいと思っています。個人的な経験から書いた私たちの愛の専門家によって書かれた記事をチェックするとき、あなたはそれについてもっと学ぶので安心してください。 

家族と子育て
あなたの愛する人ほど重要なものはありませんので、それについてもっと知りたい場合は、私たちの家族と子育てのセクションを見てください!これには、子供を育てたり、アクティブな家族の一員になったりする方法など、さまざまな記事が含まれています。 

Classroom Magに記事を送信する方法 

私たちの読者はとても才能があるので、他の人に記事を送ってもらうのが大好きです!私たちはあなたが毎日読むための新しいトピックを考え出すために最善を尽くしますが、私たちが得ることができるすべての助けに感謝することは否定できません。 

いくつかのアイデアがあり、記事を売り込みたい場合は、それらを送信する方法について、このステップバイステップの手順を確認してください。 

ステップ1:ドラフトを作成し、ドキュメントフォームに変換します。
まず、記事を書いてドキュメント形式で配置できます。必ずお読みいただき、日本語で書かれていることをご確認ください。日本人スタッフがほとんどですので、必要に応じて記事を読んで翻訳してくれます。 

ステップ2: info@classroommag.jpまでご連絡ください
作業の完了が完了したら、メールでメッセージを送信してください。営業時間は毎週月曜日から土曜日の午前9時から午後7時までです。これらは私たちがエントリーを受け入れることができる瞬間ですので、時間通りに! 

ステップ3:あなたの個人情報を配置
するあなたの記事を公開したい場合、私たちはあなたにクレジットを与えたいと思います。それで、あなたの名前、連絡先情報、そしてあなたの記事のトピックを含めてください。それが終わったら、先に進んでそれを送ってください!  

ステップ4:メッセージを送信し、返信を待ちます。
メッセージを送信した後、あなたが今しなければならないのは待つことだけです!すべてのエントリが完了するまでしばらく時間がかかりますので、返信が届くまで少なくとも1〜2営業日お待ちください。 

7回「食を通して考える,都市の暮らしと自然とのつながり」レポート

物質的な豊かさが満たされるに従い、「作り手の顔が見えるもの」が求められるようになってきた現代。日々何気なく口にしている食材や料理が、自然環境や地域の生産者とどのようにつながっているかを気にかけている方も多いのではないでしょうか。 また、作り手の間にも消費者とのつながりを求め、手間ひまをかけてつくった食物や料理を、自らの手で届けたいと感じる人々が多くなっているようです。 CLASSROOM第7回目のゲストは、生産者と生活者を繋ぐための活動を展開する料理研究家・堀田裕介さんと、滋賀県近江八幡のNPO法人『百菜劇場』で持続可能な農業を目指す農家・廣部里美さん。農業と自然のことや農業の新たな動き、地域活性の可能性について、お話を伺いました。

GUEST
  • 堀田裕介 料理研究家、大阪
  • 廣部里美 農家、NPO法人百菜劇場 理事、滋賀

いま農業に携わる、若手生産者たちの感覚

司会者:昨年『百菜劇場』で農業体験させていただいた時に、廣部さんが「自分が安全で美味しいものを食べたくて農業をしているというわけではない」とおっしゃっているのを聞いて、とても意外でした。

写真左:堀田さん、右:廣部さん

廣部:私自身は、「農薬に絶対反対!」というわけではないんですよ。良心をもって最低限の量を使うのは仕方がないと思っています。
ただ、大規模な農家だと出荷までに10回以上も農薬を撒くこともあり、そこで野菜を作っている方から「うちの野菜は食べない方がいい」と言われることも。繰り返し散布しているうちに、感覚が麻痺してしまうのだと思います。
私のお友達に、東近江市で無農薬農家を営んでいる片山恵美さんという方がいるんです。

堀田:滋賀県在来種の「水くぐり」という大豆を育てている方ですね。農林水産省が進めている「農業女子プロジェクト」メンバーの方でもある。

廣部:そうです。その片山さんが育てているカボチャが、病気になってしまったことがあったんですね。「このままでは目標収量を達成できない」という状況になって悩んでいたとき、片山さんがこれで農業を続けられなくなってしまうのであれば、「必要最低限であれば農薬を使ったっていいよ」と私は思いました。無農薬で育てていたお野菜が収穫できなかった分、大量の農薬を浴びた野菜が流通するよりもずっと良い筈。でも、そこまで消費者の方に理解してもらうのは大変ですよね。

司会者:無農薬栽培の難しさについて少しお聞かせください。

堀田:家庭菜園の規模だったらできますよ。

廣部:そうですね。野菜は野生のものではないので、やっぱり弱いところがあり、無農薬でたくさん育てるにはとても高い技術がいります。

堀田:例えばお米。苗の間は雑草に負けてしまうので、無農薬で育てる場合は通常よりも大きく育ってから植えます。その場合は田植機が使えないため、手植えするしかありません。害虫も手で取り除きます。とにかく手間がかかるので規模は大きくできませんし、目標収量を達成できないこともあります。

廣部:『百菜劇場』は、生産・収穫ではなく、学び・体験を目的とした場なので無農薬を貫いています。農薬の怖さや、目標収量を達成できるかどうかの不安など、やってみて初めて知ったり、理解が深まったりすることがたくさんありました。

堀田:「子どもたちの遊びの場だから農薬を使わない」という側面もあるのではないでしょうか?

廣部:はい。除草剤が撒かれているかどうかを心配される親御さんは多いですね。子どもたちが安心して、泥だらけになって遊べる場所であるというのも、『百菜劇場』の存在意義だと思います。

司会者:20代〜30代の若手生産者は、昔ながらの農家とどう変わってきているのでしょうか?

堀田:僕たちと同世代の一次生産者は、とても貴重な存在です。昔は、農家といえば作ることだけが仕事でした。しかし現在は、「どう売るか」や「食べてくれる人とどうつながるのか」というところまで考えている若手生産者が多い。だからこそ、野菜の良さを理解する人に、適正価格で買ってもらうことができるんです。都会でシェフをしていた方が農家を始めることがありますが、例えば、珍しい色のトマトや、小さなサイズの人参がレストランで重宝されるといった、売り先のニーズが明確に見えているからやっていけるんですよ。
反対に田舎から出たことがなく、出荷後のことをイメージできないと、価格が市場などに左右されるがままになってしまう。誰に食べてもらうかということを意識した農業が重要だと思います。

廣部:売り先といえば、最近「友達の友達」というような、ちょっとしたつながりから「野菜を買いたい」と行ってくださる方がいます。「地産地消」よりも「友産友消」、つまり友達や知り合い同士で作ったものをやりとりするというスタイルが、今の私の農業には合っているようです。

堀田:僕そういった視点で選ぶ人が増えていますよね。「どこで作っているか」よりも「誰が作っているか」ということが重視されるようになってきていると思います。

司会者:売り方に悩む新規就農の方も多いのでしょうか?

堀田:多いですね。新規就農だと、半数以上が3年以内に辞めてしまうというデータがあります。ただ、お金を介することが全てではない。僕は地域の食材と情報誌を一緒に届ける『四国食べる通信』にレシピを提供しているのですが、ギャラは食材でもらっています。その食材でまたレシピを作り、掲載されるというサイクルなので、仕事というよりも生活の一部になっていますね。お金のやりとりがなければ税金も引かれないですし、今後こういった仕事の仕方は増えていくのではないでしょうか。

ビワスズキの試食タイム

今回のCLASSROOMでは、廣部さんが育てた夏野菜と共に、琵琶湖で獲れたビワスズキのソテーをいただきました。
ビワスズキとは、ブラックバスの新しい呼び名。滋賀県では、漁師の方が県からの助成金を受けながらビワスズキの駆除を行っており、そのほとんどは産業廃棄物として処分されています。しかし、もともとは食用として日本に輸入された魚でした。こうした現状に疑問を持った堀田さんは、ブラックバスにつきまとう悪いイメージを払拭するために「ビワスズキ」という名前を考案。捨てるものではなく食べるものとして消費者に知ってもらうための取り組みを行っています。
この日の参加者は、ビワスズキを初めて口にする方ばかり。上品な味わいとプリッとした食感に、会場のあちこちで「美味しい!」という驚きの声が広がっていました。

堀田:イラストレーターやデザイナーといったクリエイターの力を借りながら、ブラックバスのマイナスイメージを変えていこうとしています。これまで、「ビワスズキ」を食べる会のリーフレットや、のぼりを作ってもらったりしました。
今日の料理は、バジルとミントを使ったソースと合わせています。お野菜は、ビワスズキの味が分かるようアッサリした味のラタトゥイユに仕上げました。「泥臭くて食べられない」と思われているビワスズキですが、実は高級レストランで出されてもおかしくない美味しさ。この事実を、獲る側・売る側から一方的に働きかけるだけでなく、消費者の方から「食べたい」という声が上がるように広めていきたいと思っています。今はインターネットを通じていくらでも発信できる時代なので、実際に食べたことのある人からどんどん伝えていってください。

廣部:1年を通して約40種類の野菜を育てています。多品種を育てるのは効率が悪いといわれますが、実際に育ててみることで、たくさんの種類がある野菜の面白さを知りました。今日のお料理に使われているのは、奈良の伝統的な大和野菜であるヒモトウガラシ、今たくさん採れているバナナピーマン。それから、定番の赤や黄色のほか、ゼブラ柄や黒っぽいものなど色々な種類のトマトを持ってきました。

「百菜キッチン」の加工品販売

「NPO法人百菜劇場」の理事として、また個人農家として農業に取り組む廣部さん。さらに、加工品づくりを取り入れた六次産業化による「小さな農業」を目指し、農産物を加工・販売する「百菜キッチンプロジェクト」を進めています。CLASSROOMでも獲れたてのお野菜と一緒に、おかず味噌や黄色いトマトを使ったケチャップなどを販売しました。

廣部:ケチャップやドレッシングは、堀田さんにレシピを作っていただきました。六次産業化って、ものすごく大変なんです。日中は畑仕事をして、帰ってきてから事務作業をしたり、「百菜劇場」ワークショップのチラシを作ったり、加工食品の試作をしたり…。これほど農家に負担がかかるのであれば、プロに依頼した方がいいのではないかと思いました。
実際に作っていただくと、やっぱりプロの力ってすごい!と感動。自分で作るものには、やはり限界があります。パッケージデザインも、イラストレーターとデザイナーに依頼しました。プロの力を借りることで、農家の負担を減らし、より手に取ってもらいやすくなると思います。

第8回「人との関わりで生まれる建築と未来の風景」レポート

経済性や奇抜さといった市場原理の求めに応じる建築が多くある一方で、建築そのものの設計とともに、景観的な調和や、完成後の使われ方の設計にも目が向けられてきているようです。近年、建築家が地域に入り、人々の声を聞きながら行うものづくりが進んでいますが、それは歴史に残る名建築のような強度をもち、対抗しうるひとつの流れとなるのか、それとも全く違うものになるのでしょうか。

GUEST
  • 矢津吉隆 美術家、kumagusuku代表、京都
  • 家成俊勝 建築家、大阪
  • 大西麻貴 建築家、東京

現在の建築と地域の関係とは?

矢津:最近建築家さんと話をしていると、「自身の身近なものや空間が建築を通してどのように変わるか」ということを意識されている方が多いと思うんですが、お二人はどうでしょう。
お二人とも地域と関わりながら建築だけにとどまらないお仕事をしてらっしゃるので、今の時代、建築というものがどう変わってきているのか、というのを聞いてみたいと思います。

家成:高度な技術を必要としなくてもやっていける技というのが建築にも必要だとは思います。
これは建築の話ではないんですけど、僕の知り合いが急に家業のお好み焼き屋を継ぐことになったんです。
その時、「1ヶ月必死に頑張ったら、食べていくことができるようになった」って言うんです。
僕はこれはすごくいいことだと思います。
現代の仕事って、高度で専門的な技術が必要か、でなければ低いスキルで絶えずコミュニケーションを必要とするサービス業かという二極化が進んでいるような気がするんですよね。
だから、建築であれ、他の職種であれ、その二極化に収まらないで自分の手で何かを作る“半分くらいの技術でできる生業”というものがあってもいいと思うんです。

矢津:それは共感できます。僕もアーティストとして表現をしていく上で、高度な専門技術は持っていません。だから表現を立ち上げる時に、なんとか手持ちの技術でやっていかないといけない。
ただ、やっぱり先入観としては、建築って高度な技術を持った人がやるものって考えているところはあるんですよね。

家成:今の都市の景観は、高度なスキルのある専門家が設計して作っていますよね。インフラ、病院、交通、情報網、すべての仕組みを作っているのが彼らですから。
そのあらかじめ作られたインフラの中で生かされているのが、僕はあまり好きではないんです。
その専門技術の半分くらいの力で、地域や僕らが関わりながら、モノや空間が作れたらいいなと思っていますよ。

大西:これまでの多くの公共建築を建てるプロセスというのは、完成するまで全く建てる様子を見ることが出来なくて、ある日突然仮囲いが外れて、真新しい建築が現れることがほとんどですよね。
私はこうしたやり方ではなくて、もう少しみんなで“建築のできるまで”を感じられるようになれば、建築家にとっても地域の人々にとっても、建築に対する考え方が変わるんじゃないかと思うんです。
いま、小豆島や福知町では地域の方と一緒に建築を考えるという機会に恵まれています。
その時テーマになってくるのは、やっぱりまちや人との関係を建築の個性にどうつなげていくのかということ。話し合ってことによって当たり前のものを作るのではなくて、地域の人と共に、思いもつかなかった空間や、面白い!というアイディアを育てていけることが重要なんだと思います。
 

建築と当事者意識

家成:大西さんと同じく地域の人と空間を作り上げていく上で、多くの人が何らかの形で当事者であってほしいとは思います。ただし、小豆島での僕の活動は、誰もが応援してくれたわけではないと思います。
時には対立があったりしましたが、そうしたことはあっていいと思うんです。全員が応援してくれるんじゃなくて、違う意見が言い合える状況は当事者でいることにつながります。
それがないと、きっと自分たちで町を作るっていうことからズレていっちゃうんじゃないでしょうか。

矢津:そうですよね。地域の人への迎合だけでも、建築家の思いに賛同するだけでも、ただ理想化されただけのモノができてしまいそうですよね。

大西:確かにそうですね。
今ファッションブランドとの仕事をしているんですが、その検討のために事務所にマネキンが届いたんです。そのマネキンが八頭身のすごいプロポーションで、事務所のスタッフと並んだ時の差に衝撃を受けました。しかしそれは案外建築家が地域と関わったり、町について考えるというときも同じなんじゃないでしょうか。
私たちもどこかでマネキン的な、理想化された人間や社会を考えているところがあるんじゃないかと思うことがあります。

家成:特に建築家の仕事って、そうなりがちなんです。
例えば都市計画で利便性や衛生的な環境を考慮した結果、上下水道や高圧線によって、それまであった従来の暮らしや文化が分断されることがあります。これから大事になっていくのは、僕らや地域の人が自分たちでできる“半分の技術”でそうした分断されたものをどう取り返していくか。
地域の中で、建築が役割を果たしていくためには、関わる人々にとって建築が身近なモノとして感じられること、そして技術的にも建築の作られ方がわかるというのは大事です。

矢津:僕もクマグスクを作っていく中で、そうした地域の巻込み方に苦しんでいるところはあります。アートは、まだまだ地域に受け入れられているものではありませんから。クマグスクという形はできましたけど、そこに地域の人はなかなか来てくれないんですよね。

家成:クマグスクって、南方熊楠さんから取られてるんですよね。
僕は以前に粘菌を育てていたんです。粘菌は迷路を解くんですけど、その中で迷いや間違いを当たり前のように受け止めて最適解を導いていきます。ただし、最適解を得て環境に完全に適応したら死んでしまうそうなんです。
だから、粘菌は環境がガラッと変わったとしても生き残れるように、環境に適応しない部分を持っている。今にフィットしないことで、次にフィットするというか。僕は粘菌に教えられましたよ。理想化せず、地域の人たちを当事者として、自分たちの力で変えていけることが大切。これはまちづくりでも同じなんじゃないですかね。

未来に向けた“仮のもの”としての建築

矢津:最近は僕の構想している作品も、「建築的なモノ」に近づきつつあるんですけど、その中で考えているのは、“建築ってなんなのだろうか”ということなんですね。
建築というとどうしても、人が入るスケールのものだったり大建築家が作り上げるスケールの大きな空間をイメージしてしまうんですが、一方で家成さんや大西さんの行っているプロジェクトを見ていると、建築という箱は一旦脇に置いておいて「一緒になにかできそう」という期待が持てるんです。

家成:建築は人の行動を計画して作られることが多いですよね。ただ空間を使う人が計画によって動かされることもある。僕はそれがあまり好きじゃないんです。そこは僕も設計をしているのでジレンマを抱えるところではありますが。ただ、大西さんがおっしゃったように、建築がある日突然できるのではなくて、そこに至るまでの過程やそこから生まれる”良いこと”が共有できる、というのは大事ですよね。

矢津:家成さんと建築との関わり方って、結構根源的なところがありますよね。

家成:根源的なところは確かに持っていますね。この間、宗教人類学者の植島 啓司さんと淡路島の神社に行ったんですよ。そこで植島さんが「神社は本当に大切なところに建っていない、大事なのはその隣の杜である」と言うんです。
建築というのは、本当はそういうものかもしれません。例えば伊勢神宮の式年遷移での建て替えには、技術の伝承や生まれ変わりや建立された年代を特定しないためなどの説がありますが、僕は「常にこれは仮のものである」ということの表明なのだと思っています。
建築家は建物を建てたらずっと残ってほしいと思うものですが、あくまで建築は仮のもの。決定したものではないという意識を持っていたいですね。
建物は永続するものではありません。例えば100年、200年続く家があったとしても、100年後の生活を想像できている人はいないんです。現に数百年続いた旧家もありますが、それらは資財があり継続する歴史があるから残っているんですよね。
私たちが日常的に触れる建築はもっと仮のものでいい。例えば30年ほどのスパンで、朽ちて取り壊し、また地域の人が当事者意識を持って、生活に寄り添った仮のものを立ち上げていく。
これからの建築のありかたには、そんな考えがあってもいいと僕は思っています。
 

クマグスク見学ツアー

会場から歩いて徒歩30秒、矢津さんの手がけるアートホステル クマグスクに参加者が訪問しました。ちょうどCLASSROOM開催日は、クマグスクの企画展「光の洞窟」の最終日。ホテル全体を使ったアート作品の展示を見ながら「アート」と「ホステル」の両立、宿泊するという生活の中に寄り添ったアートという建築空間。矢津さんの表現の立ち上げ方に、刺激を受けた参加者も多かったのではないでしょうか。