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Interview 2/2

吉本有輝子・舞台照明デザイナー〈後編〉

Yukiko Yoshimoto | lighting designer

京都を拠点に国内外で活躍するフリーランス舞台照明デザイナーの吉本さんに「照明をつくる仕事」についてお話を伺うロングインタビュー、後編。

舞台を通して、世界を知りたい

高谷史郎『ST/LL』@滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール photo:Yoshikazu Inoue
高谷史郎『ST/LL』@滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール photo:Yoshikazu Inoue

— 吉本さんが照明というツールを使って目指しているところは何なのでしょう?

なんか遠くに行きたいよね。遠くに行きたいし、世界のことが知りたい。それは全然物理的なことじゃなくて、本読むのも好きだし、人間が想像力だけでどこまで遠くに行けるかということに多分物凄く興味がある。自分ではやっぱり能力とか想像力に限りがあるから、人の想像力に乗っかるっていうのは凄い好き。読書にしてもね。舞台はそれをリアライズすることだから、誰かの夢をリアライズするみたいなことは物凄い好き。

— それは演出家の夢ということですか。

うん、演出家の、でも実際の作品作りでは演出家だけのということではなくなってくるから、もう誰の夢かわかんない、みたいな。もちろん夢の発端は意志を持った誰かで、それを演出家って呼ぶんだけど、それは稽古場でそこにいる俳優やダンサーによってまた違う夢に変化していくわけだし、作品として形になるものはもう誰のものかわからない。そして、最終的には本番の舞台があって観ているお客さんがいて、その間にしか立ち現れないものだから、実体がなくて、よくわかんないんだよね。お客さんはお客さんで自分の生活や経験のいろんなことの中から反応して、目の前にある舞台の中の見たいものを見ているわけでしょ、で、色んなことをそれぞれ勝手に感じたり思ったりしてるわけじゃん。
現実に物凄い具体的な人間がいて具体的な立体があるわけでしょ舞台って。限界のある場所で限界のある人たちがやってるっていう凄い具体性があるのに、それぞれが受け取っているものっていうのはこことここ(舞台と客席)の間にあるというのはとても面白いなと思っていて。お互い発したり受け取ったりは別のものかもしれないのに、何を理解し合っている気になってしまうところに可能性を感じます。具体的な事柄は瞬間瞬間で消えてしまう、夢みたいでよく分からない、でも確かに、舞台があって観客がいるっていう必然性はすごく感じるから。

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— 面白いと感じる作品の基準を一つ教えてください。

こういう世界の見方があったんだ、と感じることが私にとっては一番刺激的です。人でも風景でも、具体的にも抽象的にも、こういう風に見えたことや感じたことがなかった、っていうことを発見できれば…作品全体に発見や発明を感じられたら凄く興奮するし、一部分でもそういうところがあれば。もちろん作品は、知らない感覚を探ることだけで成り立つわけではなくて、観客が無理せず受け取りながら安心して入り込めるところがあって、その共感を経ながら別の何かを発見していくという道筋が大きいから、多くの人が共通して持っている最大公約数的な感覚っていうのは大事にしないといけないと思っている。その既知の共通の感覚の大小や種類はいろんなものがあるけど、そのことを超えて、一つでも何か新鮮なよくわからない感覚、何かに対する発見が、どんなベタな作品でもあれば良いなと思ってやってる。少しザワザワとするような、見たことないかもしれないという光景。それこそ99.9%が知っている物語や感情や風景なんだけど、そして何度も同じようなことを味わったり驚いたりすることも好きなんだけど、0.1%でも実はこの感覚は今まで味わったことがないかも、というようなことがあれば、ああ良いなぁって思う。それが私にとっての舞台の面白さです。舞台ってね、凄く直接的にそのことが体感できる、味わえると思っていて。それは自分が関わるにしても、観るだけにしてもそう。だから観る時も凄く真剣に観てますよ。

— 色んなジャンルの仕事をされていますよね。

そうですね、ジャンルに偏見はないほうだと思います。わかりやすいものを提供できる力っていうのはすごい大事だと思っていますし、もちろん一見わかりにくいことでしか、生まれない表現ていうのもあるし、新しい感覚や見え方に辿り着くための入りやすい間口っていうのもあるし、作品ごとに色んな方法があると思っていて、形式やジャンルにあんまり貴賤というか上下はないです。好みはあるけどね、私は比較的ソリッドなものが好きで、一見よくわからなくても想像力で飛んでいくようものが好きだけど、演出家がもっとわかりやすく表現したいっていう気持ちもわかるし、逆にベタなことをなるべく減らしていきたいっていう場合も理解したいと思います。両方の価値観が理解できないと付き合えないかもしれないですね。スタッフはね、まず目の前の演出家の価値観を全面的に肯定する技術・能力っていうのは必要だと思う。だからあんまり自分がどうっていうのは始めからは持たない、その時々で聞かれればどう思っているかちゃんと話しますが。

正直にならないと作れないもの

— 仕事を嫌で断ったりすることってあるんですか。

たまにあります、怪しいって感じる時に。意志がはっきりしていない仕事、誰がこれをやりたいのかっていうのがよくわからないっていうのは、やっぱり結果がついてこない。作品として成功しようが失敗しようがそれはいいんです。もちろん成功した方が良いんだけど、例えば言い出しっぺが力がなくて形が追いつかなくて失敗するっていうのは有りうることだし。
でも実はこれ、誰もやりたいと思ってないんじゃないかっていう企画は時々あって、誰かと誰かを組み合わせたらなんとなく面白いかもしれないからやってみようというマネージメント先行のコラボレーション系とか、或いはここに予算があるから、こういうテーマがあるからやってみようとか。コラボレーションするもの同士が本当にお互いのどこかに興味があれば面白いんですよ、たとえ形が破綻してもね。でも実はお互いに興味があんまりない、みたいな、そういうのは怪しい匂いがしますね、これ危ないぞ、っていう。きっと他の仕事でも似たようなことはあるよね。

— ああ、それはわかります。予算を消化したいとか。

舞台はお互いが正直にならないと作れないものだと思うんです。もちろんお互いを尊重することは本当に大事だけど、どういう企画であろうが正直になれないような現場っていうのは良くないんじゃないかなあと思っています。
もちろん商業的な傾向の作品の場合は色んな制約はある。タレントさんの出番の時間の制約とか、観客動員のためにある程度間口を広げなくてはいけないとか。でもプロデューサー或いは演出家がその制約も含めて楽しんで責任持ってやろうって取り組んでいると現場は活気が生まれて発展的に動いていくんだけど、なんか色んな言い訳だけが重なっていくと、一体何だったっけかなあ、みたいな。そういう匂いがするものはこっそり断る、笑。

— 仕事で大切にしている姿勢はどんなことですか。

さっき言った正直さです。それは諸刃の刃で正直に意見や感想を言い過ぎて険悪な空気になったり、最悪クビになったりもすることもあるんですけれど、まぁそれはしょうがないがないかなと思っています。どう思うかとか、どうしたらいいかということを話し合う中で、つい遜ったり、盛ったりして答えるということをしてしまいそうになる時はあるんですよ。今はまだ面白さがわからない、とは言えないなとか、或いはどういうアイデアがあるかって聞かれてこちらにアイデアやイメージがない時に、ないとは答えにくいとか。その時に、正直に、ここは良いけどここは良くないと思うとか、今の時点で照明についてのアイデアを出すのは得策ではないとか、もちろん色々な見せ方はできるけどもまずは見せたいものを明確にすることを大事にした方が良いんじゃないかとか、そういうことをフラットに正直に言葉を選んで言うことを日々は大事にしています。あと、わからないものはわからないと言えるかどうか。ちょっと私にはわからなかったです、それは何がわからなかったかというと、っていうことが言えるとかいうのを態度としては大事にしています。
私がデザイナーとして信頼を得ているとしたら、その一つの理由は、作品を理解しようとして話を注意深く聞くことができる、問題を真摯に共有できるということだと思うので、注意深く見て聞いて、聞かれた時は正直に意見を言ったり、その時考えているアイデアを出すことは大切にしています。
自分の中では健康を保つことと、面白がるモチベーションを下げないようにするっていうことが全てかな。

— 日常的に本を読んだり、アートに触れたりというのも演出家と話をするための教養を身につけるためという面があるんでしょうか。

それは自分が元々インプット気質で好きでしていることでもあるし、色んな演出家が自分の知らないことをいっぱい知っているのは刺激になるから、努力もしてます。知らないことが出てきた時に、今度会うときまでに調べておいて、いずれそういう話題になった時に、それ気になって読みました見ました、ここが面白かったです、でその方向でいくとこういうのもありますよね、って話が発展していくと楽しいし理解も進むし。なんにせよ面白いです、世界のことを知っていくというのは。いつだって楽しんでますし夢中ですよ。

— 仕事をしていて男性性とか女性性について考えますか。

それは考えますね。演出家ってどうしても権力的な仕事なんですよ。すべての人に指示を出し自分の欲望を通すっていうね。権力に伴う男性性を良くも悪くも発揮しやすい仕事なんです。もちろんそのことに関しては、多かれ少なかれ、プロの演出家は自覚的だと思う。そして、実際に演出っていうポジションに限って言えば圧倒的に男性が多いです。うんざりするほどの男性社会。
そこで、その男性性と喧嘩しないで、そのまままず受け入れるみたいなことは自分が女性であることでやりやすいのかも知れないですね。張り合わないというか。私は多分男性性も強い方で、仕事上では男同士みたいなある種ホモソーシャルな振る舞いもするし、反面女性でもあるので、その両方を無理なく使えるというのは関係を作る上で大きいかもしれないですね。
私自身は、全然いわゆる女らしくないことは自覚しています。
やっぱり男性社会なので、女性の演出家と仕事するとすごく嬉しいです。現代美術とか写真とかは女性が多い印象があるし、もう少し多くなってもいいのにとはいつも思っています。
男優とか女優の仕事ってジェンダーのイメージを利用したり批評したりする部分もあるし、ジェンダーのことについては考える機会が多いです。

— わざと男っぽく振舞ったりするところもあるのでしょうか。

ああそれは自然に、元々男っぽいところが多くあるんだと思う、遠くに行こうぜ、とかそういう。

— 遠くに行きたいんですね。遠くに行くために舞台を見ると思うと楽しみが増します。

うん。あとね、舞台を観ると人を尊重する感覚が増すと思うんですよ、変な言い方ですけど。この人は一見こんな見た目だけど、実はすごい色んなことを考えてるかもしれないっていう。そこまで人を見つめ続けることって普段の生活ではあまりないかもしれない。俳優にしてもダンサーにしても、もちろん演出家にしても、人間それぞれ違う仕方ですごい色んなことを考えているなっていうのが出る仕事だし、表に立つ人はね、その矛盾や厚みを表現しないといけない立場の人だし。舞台を見ると人に対する尊敬の念みたいのが育まれると思います。みんなそれぞれで面白いなってね。

— ところで照明家としてここで仕事したいみたいな目指す場所はありますか。

以前はどこそこの大きな劇場で仕事がしたいとかあったと思いますけど、海外公演も含め一通りそれは経験したかもしれません。規模や場所によってテンションが上がるっていうことはもうあまりないですし、違うことで嬉しくならないといけない。

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これから大事なのは勇気

— 今後の仕事について、展望についてなどお聞かせいただけますか。

さすがに20年もやっていると一通りそれなりのクオリティで仕事が出来るようになってきて、今後は、出来ることにいかに捉われないかっていうことが大事だと思っています。やっぱり保守化するんですよね。技術的に出来ること、理解できること、会ったことのある人が増えると、どうしてもその中の価値観で判断しようとしてしまうので、いかにそれを外すことが出来るかということが重要です。外す勇気ですね、これからの仕事で大事なのは勇気だと思います。その勇気を持ち続けるために、具体的にじゃあどうするかっていうと、日々散歩するとか、本を読むとか、人の話を丁寧に聞くとか今までやってきたことと同じことなんだけど、それをなるべくフラットに勇気を忘れないようにやるってことが大事だと思います。
展望は…人に声かけられてなんぼの仕事なんですよ。誰が声をかけてくれるかはわからないし、声かけてくれた人の一番良い部分を見たいし、自分の一番良い部分で関わりたいし、そういう可能性に関してはあんまり心配していないというか、根拠のない自信もある。無駄にポジティブ、笑。でもその楽観性はフリーランスには必要なんじゃないかと思います。だから具体的な展望はないけどうまくいくと思います。これから良くなると思ってます。もっと良い仕事ができると思うし、まだ出会っていない人と仕事ができると思う。そして今まで付き合ってきた演出家やカンパニーと関わる方法も少しづつ変化していくと思う。
若い時は大きく進化するチャンスが3年に1回ぐらいあるとすると、今はもう10年に1回くらいにはなるとは思うんですけど、それは逃さずものにして大きく進化へ繋げていく自信はあります。

— 案外、具体的な展望はないのですね。

年商一億みたいなこと? 私はあまり現実を生きてないんですよ。想像と日常生活と仕事がシームレスにちょっと非現実な感じで繋がっていて。精神が大事だよね。次の仕事が楽しみだとか、今やってる仕事が刺激的だみたいな状態が続く、或いはもっとそうなるということが大事。それが一番興味があるし、刺激的に感じることが年齢とか経験によって少なくなってくる、そして社会的な責任が大きくなってくるということも実感するから、フットワークを軽く柔軟に考え楽しめる状態でいること、そこぐらいかな興味があることは。あとは評価もお金も付いてくるに違いないと思います。
展望というか、重点的に取り組んでいきたいテーマみたいなことは時々であります。今は、美しさについて、考えたり実際の仕事の中で試行錯誤したりしたい。照明って、「美しかったです」っていう感想が一番多くて。それはそれで嬉しいし、美しくて当たり前、な仕事なんだけど、美しいということで取りこぼしてる何かとか、思考停止してしまう部分とかあるんじゃないかってずっと思っていて。その言葉を超えることとか、一体美しいという言葉によって何を感じているのかとか、美しいの概念をはみ出ていくこととか、美しくないことだけど面白いとか、そのあたりのことに考えを巡らすことが多いいかなあ。美しいって、政治にも使われたりして、『美しい国』とか違和感を感じたりするしね、なんかその政治性とかについて考えたりね。うまくまとまっていないんですが。
でも、これも展望じゃないねえ。あくまで頭の中の作業ですね。

— 若い方ともお仕事されるんですか。

やってますよ、声をかけてもらえればやります。私は年代ごとの最低価格を自分で決めていて、20代なんて底なしに低い。その代わり40-50代の人からはそれなりの値段をもらうようにしています。年上の演出家とやる機会がどうしても多いので、どんどん若い人とも仕事したいです。それこそ、自分の知らないことが多くあると思うので。まぁ若い人は若い人どうしでやりたいっていう気持ちもわかるし、頼んでくるのはよっぽど演出とかビジュアルとかに興味がある人になるのかなとも思いますが。

— 一生機嫌よく照明をやっていたい?

うん、機嫌よく勇気を持ってやって行きたいですね。仕事があって、稽古に行って劇場に行く体力と集中力あることが大事だと思っていて、そのことを続けていきたいです。

吉本有輝子(舞台照明デザイナー)
NPO劇研(NPO GEKKEN)の設立に参加、京都の小劇場アトリエ劇研の運営に携わる。
2005年度京都市芸術文化特別奨励者
2006年度1年間文化庁新進芸術家海外留学制度研修員としてパリ市立劇場で研修
暗闇から最初に立ち上がる光を発見すること、観ることについて根源から考えることを大切にしながら照明を作り続けている。

Text & Photo:Masae YAMADA

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