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Interview 1/2

山善農園・農家〈前編〉

Yamayoshi Farm / Yoshitomo Fujihisa,Kazuho Fujihisa | Farmer

岡山県の山間地域で山善農園を営む藤久夫妻。ふたりとも生まれながらの農家ではない。2013年、33歳で新規就農する少し前までは農業を志したこともなく、どちらかといえば「食べてゆけない仕事」として見ていたという。そんな彼らがなぜ専業農家をはじめることにしたのだろうか。
露地物の夏野菜が収穫期を迎える少し手前の7月半ば、日に日に緑が勢いを増す農園でロハスやスロウな思想だけではない、素朴で地に足のついた彼らの言葉に耳を傾けた。

山善農園のお二人
山善農園のお二人

農家になるつもりじゃなかった

— 子供の頃の夢は何でしたか?

善友さん:小さい頃は大工。父親の仕事が大工だったので、他の職業を知らなかったというのもありますが、かっこいいなと思って。小学校からは漫画家になりたかったです。当時、週刊少年ジャンプとか読んでいて「これなら自分の方が上手く描けるな」と思っていました。でも実際に描いてみたら難しくて無理でした。ともかく農家になりたいと思ったことはなかったです。

— では農協に勤めていたのはどういういきさつですか?

善友さん:高校卒業後に岡山市内の専門学校に進学したんですが、家庭の事情で中退して実家に戻って手伝いをしていました。それから1年くらいして知人の紹介で農協のアルバイトをはじめました。2000年だったかな。その後、職員になって10数年農協で働いていましたが、農業に興味があったというわけではなく…個人的に接客以外の仕事が良かったということもあって、働き口がそれぐらいしかなかったんです。

— 映画(紅葉、ひかりのおと)に出演されたのも、その時期ですよね?

善友さん:そうですね。24か25歳くらいの時に山さん(=映画監督の山崎樹一郎さん)が大阪からこちらに引っ越して来られて、山さんがトマト農家をする関係で農協に来られる機会があって、そこで初めて出会いました。他に若い人はいないし、僕も映画好きだということもあって次第に交友が深まり…という経緯ですかね。

— 映画製作がご夫妻のなれそめにもなったんですよね。一穂さんはプロデューサーとして関わっていて。

一穂さん:そうですね。過酷な映画製作の現場で、時にはスタッフ同士が険悪なムードになるような場面でも、彼のいつも穏やかで冷静な人柄が良かったんですよ。セリフも間違えないし。

善友さん:セリフはいつもギリギリで覚えていました、笑。

ぶどうに添えられたメッセージが転身のきっかけ

山善農園のぶどう(2015年8月中旬撮影)
山善農園のぶどう(2015年8月中旬撮影)

— その数年後に農協を辞めて専業農家になられるわけですが、きっかけはなんだったんでしょう?

善友さん:元々、ちょっと後ろ向きな動機で働き始めていたし「農業で生計を立てられる」というイメージが農協で働いていたら余計になかったんです。
でもあるとき、ここ真庭市主催の無料で受講できる有機農法の勉強会があると職場で勧められ、そこに参加して初めて「農業もいけるんじゃないか」って感じて、勉強会に通うようになりました。
講師は小祝政明先生という方なんですが、講義には経営的な話も含まれていたし、先生の提唱する農法を実践している農家さんへの視察などもあって、具体的なイメージが湧いてきました。あと、一緒に受講されていた方の多くは自分より上の世代の専業農家さんたちで、高齢でも積極的に新しい技術を学ぼうとしておられる姿にも刺激を受けました。それで農業をやりたいという気持ちが高まっていた時、ちょうど「ぶどう園の後継者を探しているという話がある」と聞いて、やってみようかなと。

一穂さん:私の実家に母がいつも取り寄せしていたぶどうがあって、その中に「病気のため、もうできません。どなたか興味のある方があればご一報ください」という、ぶどう園の方からのメッセージが添えられていたんです。それを見つけて仕事中の彼に電話して聞いてみたら「やる」と。普段はそんなすぐに答えを出す人では全くないんだけど、その時ばかりは即答でした。これは本気だと思って、すぐにぶどう園にコンタクトをとって二人で園主さんに会いに行ったんですが、その時すでに病状はかなり進んでしまっていました。園主さんは減農薬や草生栽培など先進的に取り組んでおられた方だったので、夫が有機栽培の勉強をしていることも気に入ってくれて、「いろいろ教えてやる」と仰っていただいたんだけど…その2ヶ月後、2013年の春に亡くなってしまって。

善友さん:そういうわけで、ぶどう園を引き継いだものの栽培方法を教わる機会のないまま迎えた1年目は大変でした。その年はまだ農協に在籍していて、農繁期には出勤時間を調整していただいたりしながら年度末まで勤めていました。

インターネットを活用し農業を学ぶ

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— その間に二人はご結婚もされて、ずいぶん劇的に動いたんですね。

善友さん:そうですね、いろんな偶然が重なりました。

一穂さん:2013年は、右も左もわからない状況でぶどうに取り組みました。

善友さん:作業内容もわからないことばかりで、インターネットで調べながらYouTubeに作業風景の動画があれば見よう見まねをしたり、周りのぶどう農家さんに「そろそろ、アレやらにゃあいけんぞ」と声をかけていただいて、「アレってなんですか?」と教わったり。

一穂さん:あぁ手探りってこういうことなのかって思ってました。

— それで、1年目から収穫できたんですか?

善友さん:はい、一応は。とはいえ、だいぶロスを出してしまって、今にして思えばほぼ失敗に近い感じですが…いくつか出荷できるものができました。

一穂さん:ありがたいことに、前の園主さんが自分の顧客さんたちに、私たちのことを案内してくださっていて、継続で何件かのご注文をいただけたんです。

善友さん:その後も減農薬で栽培されているぶどう農家さんをインターネットで探してFacebookメッセージで農園見学を申し込んだり、地区のぶどう組合主催の研修に参加したり、みなさんから勉強させていただいて、今年になって、ようやく一通りの作業を把握できた感じです。今後もグループでの情報交換や農園への視察に参加など、勉強は継続したいと思っています。

— 上手くインターネットを活用されてるんですね。まわりの農家さんの年齢層はどんな感じですか?

善友さん:僕も参加した有機栽培の勉強会が全国各地で行われているので、Facebookはその参加者同士のつながりが大きいです。所属しているぶどう組合は70〜80代が一番多くて、50代の方が数名、あとは60代以上です。30代が一番若くて自分以外にもう1人。ぶどうに限らず農業は70代の方が主体なので、10年後には何軒残っているだろうという状況ではあります。先輩方が辞めた後に農地を誰かに貸すという話になれば僕たちが引き継げていけたらとは思ってます。その孫世代が田舎に帰ってきて就農するという流れもいま若干ありますが、もっと増えれば良いですね。

助け合いながら、互いを尊重するふたりの関係

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— 一穂さん、パートナーが専業農家になると聞いた時の心境はどうでしたか。

一穂さん:私の父は土いじりが大好きで、自給自足の暮らしに憧れ、鶏も飼っているような家で育ったということもあって、私も子供の頃から植物を育てることは好きでした。大人になってからは染織の仕事が忙しかったからやっていなかったけど、農業も興味のある分野だったし、勉強会の後半は私も一緒にも参加してみて、是非応援したいと思いました。将来性という意味でも面白いと思いますよ。
そうでなくても、彼が本当にやりたいことであれば、例えば「漫画家になりたい」と言われても応援してたと思いますけど、笑。

— 農家の妻となった今の生活はどんな感じなんですか?

一穂さん:私は主に農繁期にお手伝いをしていて、染織の工房(ひのき草木染織工房&ギャラリー)と半々で働いています。子供もまだまだ手がかかる時期なので、夫はほぼ一人農業をしている状態です。

いま農業を始める環境は整っている

収穫期を迎えたトマトを頬張る長女・糸葉ちゃん。(2015年8月中旬撮影)
収穫期を迎えたトマトを頬張る長女・糸葉ちゃん。(2015年8月中旬撮影)

— 現在の暮らし向きはどうですか?

善友さん:現在は新規就農者への助成金を、うちの場合は4年間いただいています。農業をゼロから始めようと思ったら機械とか土地とか結構な費用がかかるのですが、収穫できるようになるまでの生活を助けてくれる制度があって、いろいろな条件はありますが、最長で5年間の助成を受けることができます。

一穂さん:うちはありがたいことに、スタート時にぶどう園をお借りでき、それが主軸になっている状況ですが、そういうことがなくても希望者が新規就農できるよう制度は整っていると思います。

善友さん:そう。それでなんとかギリギリやっていけている感じです。

一穂さん:とはいえ、私はいま家計がすごく厳しいという感覚もないです。それは元々あまりお金を使わずやりくりするのが好きということもあるし、農業をしているから食べるものはそれなりにある。野菜はもちろん、お水も美味しい。家のローンを払っているとはいえ都会の家賃に比べたら…とても恵まれた環境にあると思います。この辺りでは子供を保育園に預けられないということもありませんし。

善友さん:助成金をいただけるのは来年までなので、ぶどうとミニトマトで安定した収入を得られるようになることがひとまずの目標です。

一穂さん:自然相手の農業で「安定」というのは非常に難しいことだと思いますが、経営面のことを考えていろいろ計画している姿を見ているので不安はありません。私も染織の仕事を続けさせてもらうということもあるし。

善友さん:今はとりあえず、子供にはトマトを食べさせて、なんとか、笑。

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【山善農園より】
9月中旬からピオーネ直送開始。最新情報は山善農園のFBページでお知らせします。
https://www.facebook.com/yamayoshinouen/

山善農園/藤久善友・一穂(農家)
■ 藤久善友
1980年生まれ。中間子。
20歳よりJAアルバイト~臨時職員。
2013年山善農園園主となる。
農業、映画、絵を描くことが好き。

■ 藤久一穂
1980年冬生まれ。末っ子。
18歳から染織を始める。32歳から農業に携わる。
犬、苔、地図、本、映画が好き。

Text & Photo:Masae YAMADA

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