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Interview

宍倉慈・料理家『VOLVER』主宰

Megumi Shishikura | catering chef

「美味しそう」というより「美しい」。オブジェか、食べ物か? ちょっと戸惑うような不思議な世界観は、一度目にすると忘れられない。京都を拠点にウェディングやアート、ファッションに関するパーティーなどで活躍中のケータリング『VOLVER』主宰・宍倉慈さんにお話を伺った。

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線引きはできない

— 料理をはじめたのはいつ頃だったのですか?

 母が料理を作るのが好きだったので、小さい頃からよくそれを手伝っていました。サラダスピナーでキャベツの千切りの水切りを手伝っていて、中でどんなふうにキャベツが回っているのか見てみたくて、回っている最中に蓋を外してキャベツを台所中にぶちまけたことをよく覚えています。遠心力なんて知らなかった小さい頃ですね。実家にいた頃はほとんど外食をしたことがなかったです。和食が中心ですが、いろんな料理を作ってくれました。時間がある時はパンやピザも家で作るので、宅配ピザも食べたことがなくて、小さい頃はピザを取るのに憧れていましたね。

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— 料理写真から「クール」とか「渋い」というイメージがあって、宍倉さんに初めてお会いした時は、想像よりお若いことに少し驚きました。

 よく言われます。男性だと思われていることも結構ありますね。渋いものが好きなのは昔からかもしれません。成人式で着物を選ぶ時に、私が選ぶ色や色合わせが渋すぎて、呉服屋さんに心配された記憶があります。「ピンクとかもあるよ?」って。
 でも、ポップなものも好きですよ。海外ドラマで言うと『glee』とかも好きですし、ケイティ・ペリーもかわいいなと思ってます。

— 最近は海外ドラマにはまっているそうですね(笑)。
確かにVOLVERの料理は女らしくも男らしくもなく、中性的に思えます。

 海外ドラマと歌舞伎にはまっていますね。今更ですが“Xファイル”のTシャツも買ってしまいました。
 小学生の時はすごく男の子になりたかった時期があって、髪型も服装も男の子みたいにしていたことがあります。親が心配してレースのお花が付いた白い靴下を履かせるんですけど、学校に着いたらレースのお花の部分をハサミで切っていました。男兄弟のなかで育ったということが大きいと思います。歳の離れた兄に憧れていて、一緒に遊びたいのに女だから、小さいからと仲間はずれにされることに腹を立てていました。その頃のできごとが性や年齢などではっきり線引きされることに対するアンチにつながっているのかもしれません。根に持ちますね(笑)。
 あと、自分は完全に日本人だと思っていたのですが、25歳くらいの時にクォーターだと知ったことも大きいです。
 父親の仕事の関係で引越しが多くて故郷と呼べる場所がない感覚とか、性のこととか、血のこととか、その辺りからはっきりしていないものに惹かれるというところがあるのだと思います。

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— なるほど。ところで、美術高校のご出身ということですが、幼い頃からアートに囲まれているような環境だったのですか?

 そういう家庭環境ではなく、アウトドア派でした。私が幼稚園生だった頃は家族でキャンプをしながら四万十川を下ったり、天気のいい日はよく学校を休まされて琵琶湖などに連れて行かれました。いまの時代だと怒られそうですけど。
 ただ私はそんなにアクティブに動き回るタイプではなく、そういうところに行っても水辺の観察ばかりしていました。潮だまりにいる小さい生物を見ているのがとても好きでした。

— そこから美術を志したのはなぜだったのでしょう。

 転校が多かったこともあり、学校が苦手だったんです。中学3年生で進路に悩んでいた時に、母が新聞で見つけてくれたのが京都市立銅駝美術工芸高等学校でした。
 オープンスクールに行ってみて、とにかく居心地がいいと感じました。私服の学校だったので個性的なファションの人もたくさんいて、自由で、お互いの個性を認め合っている雰囲気が漂っていました。この学校なら行きたいと思って、そこからデッサンや着彩画の勉強を始めたんです。始めるのが遅かったので不安でしたが、無事に入学できました。

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アートとの出会い

— どんな高校時代でしたか?

 本当に楽しい高校時代で、素晴らしい友人や先生に囲まれて自由を満喫しました。
 高校の文化祭ではクラス演劇があって、みんなかなり本気で取り組むんです。私は確か3年間ずっと監督・脚本を担当していました。それが専攻していたテキスタイルの作品を作るよりもずっと面白かったです。物質的に残る作品より、刹那的なものや移ろいゆくものに惹かれました。
 それから舞台のことを調べて、わからないなりに様々な作品を観るようになって、dumb type(ダム・タイプ/アーティストグループ)もその時に知りました。
 今も、舞台への憧れでこの仕事をしているようなところもあります。舞台は総合芸術ですが、料理も総合的なものだし、食べたら消える。ケータリングは特に料理を置くテーブルも大きくて舞台のようです。

— 高校で演劇に出会ったことが現在に繋がっているんですね。ちなみに卒業後に舞台芸術の方向へ進もうとは思わなかったんですか?

 美術大学の舞台専攻への進学を希望しましたが、親の同意を得られず諦めました。今になって思えば、他にも選択肢はあったと思うのですが、当時はそういう風に考えられず、とりあえず何か作っていたいという気持ちで靴作りの学校に行きました。靴も好きなもののひとつだったので。
 当時は自分のやりたい事、自分に適していることが何なのか分かっていなかったんですね。でもその後、靴屋に就職して社会性を身につけられたので、結果的には良かったと思っています。
 進路のことで悩んでいた時期に、一ついい出来事があって。高校3年生の時(2004年)に滋賀県立近代美術館で開催されていた『YES オノヨーコ展』に一人でふらりと行ったのですが、『Telephone Peace』という、会場の片隅に設置されている電話機に、オノヨーコさんから電話がかかってくるかもしれないという作品があって、行った時にちょうど電話が鳴り、お話しすることができたんです。私はオノヨーコさんの作品が好きなので、その事や感想などを伝えたら、「あなたも自分の好きな事を一生懸命やってください」と言ってくれました。それは強烈なアート体験で、シンプルな事でこんなにも人にポジティブな影響を与えられるなんて、なんてかっこいいんだと思いました。ふとした時に思い出しては背中を押してもらっています。

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料理は友人の勘違いから

— それは凄い体験ですね。そこから料理を仕事にすることになったのはどういう経緯だったんですか?

 2009年にdots(パフォーミング・アーツ・カンパニー)の『KISS』というダンス作品が北山の陶版名画の庭で上演される際に、音楽を担当していた友人の勘違いから、カフェ出店の依頼があったのがきっかけです。

— 勘違い、ですか。

 はい。私の兄が料理人だと言う話を、私が料理をしていると勘違いされていて、それで声がかかりました。でも、ちょうど仕事をやめたところだった事もあり、不安より興味が勝って引き受けたんです。
 会場でドリンクを販売し、スタッフの食事を作りました。その時に急遽決めたのが今の屋号です。ペドロ・アルモドバルの映画『VOLVER』が大好きなのでそこからいただきました。

— 映画では主人公が突如一人娘との生活を支えなければならなくなり、偶然近くで映画の撮影をしていたクルーにまかないを作って日々を凌いでいく。なんとなく重なる部分がありますね。

 その時の体験が面白くて、調理の仕事をしようと。はじめは産婦人科医院の厨房に就職して、その後『Social Kitchen』というイベントスペースとシェアオフィスがある場所で、カフェのキッチン担当として働きました。『Social Kitchen』ではアートから政治まで多様なイベントが行われていて、刺激的な日々を過ごしました。私自身も環境省の支援をいただいて有機農家さんと一緒に循環型飲食店を目指すプロジェクトに関わったりと、沢山の事を学ばせていただきました。
 そして2013年に独立して、現在のVOLVERが始まったんです。

— 飲食で開業するときは設備を揃えたりするのに大きな資金が必要というイメージがあります。独立後はどんなスタートでしたか。

 私の場合はまとまった資金を調達して始めたということではなく、自分のできる範囲で小さなスペースから始めました。ご依頼いただいた仕事に対応するため、必要に迫られるかたちで少しずつですが、広い場所に移ってきました。とはいえ、現在も小さなアトリエです。
 理想を言えば、畑や果樹がある大きな庭付きの広い厨房で仕事ができて、生ゴミも堆肥化できたらいいなと思いますけど。動物もいて。でももし違うことがしたくなったら、とか考えてしまうので今は出来る範囲の中でやっています。
 はじめは仕事がなくて、前の職場で知り合った方からポツポツとご依頼をいただく程度でした。その頃借りていた店舗で月に1、2回レストラン営業をして、来てくださったお客さんからの口コミなどで少しずつ依頼が増えていきました。

— 初めから現在に至るまで、いわゆる営業活動をしていないそうですね。

 そうですね。お客さんからのご紹介や、なにかのパーティーでケータリングを食べて気に入ってくださった方から繋がって今があります。ありがたいことです。

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「美味しい」とは

— 他にない料理なので大切な人に紹介したくなる気持ちがわかります。ユニークなビジュアルはどんなところから発想されているんでしょうか?

 ほとんど自然物からです。行き詰まったら自然のある場所を散歩します。雨の翌日に散歩をすると水たまりができていて、そこに落ち葉がいっぱいに浮かんでいるのを見て「こういうスープを作りたい」と思ったり。
 私は視覚に対するこだわりが強いので、自分が落ち着くものを作っていると自然とこうなってしまったという感じで、ある種の癖や特性みたいなものなんだと思います。

— では、味付けはどのように考えていますか?

 見た目がちょっと不思議な分、味は優しく落ち着くものということに重きをおいています。基本的にお出汁やお味噌、お醤油などがベースです。まず素材そのものを食べてから何を足すか考えます。見た目と味のギャップがあるのも、固定概念が変わって面白いので意図してそういう味付けにする事もあります。

— 初めて手を伸ばす時、少し緊張しました(笑)。レストランでは季節や月替わりに新しいメニューが出たりしますが、宍倉さんはどんな風に新しいメニューに取り組まれますか。

 様々なご依頼をいただくので、毎回イベントの趣旨やお客様の層、パーティーの様式などから適したメニューを考えています。そのご依頼内容によって、必要であれば新しいメニューを作ります。食材から新しいアイデアが見つかることが多いので素材と向き合ったり、映画や展示、自然を観に行ったりして刺激をもらって考えます。

— 素材といえば、ちょっと珍しい野菜もたくさん使われていますよね。ベジタリアンというわけではないけども、野菜の割合が多い。

 そうですね。野菜に一番興味がありますし、お肉やお魚ももちろん美しいですが、自分は野菜の美しさに一番惹かれますし、この美しさを沢山の人に見て欲しいと思っています。お皿やお弁当箱を地球と見立てたらこのくらいの割合が環境にいいのかな、と自分なりに考えた結果でもあります。これまでで一人だけ、それに気づいてくれた人がいました。でも、食べ盛りの男性が多い賑やかなパーティーなどではお肉料理を多めにしますし、ケースバイケースで、強いこだわりがあるわけではないですが。

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— どういうものを「美味しい」と思いますか?

 美味しいという感覚は曖昧で、味覚は体調や気候の影響でも変化しますし、人それぞれだと思いますが、私にとっては、優しさや思いやりでしょうか。こうした方が美味しいとか、大変だけどこうした方が安全とか、食べる人の事を考えてくれている農家や畜産家、漁師、料理する人、接客する人など、みんなの思いやりと優しさの連鎖が「美味しい」ということになるのではないかと思います。

— 今までで特に印象的だった仕事はありますか?

 どのご依頼も印象深くて嬉しいですが、dumb typeの30周年パーティーです。タイムマシンで高校生の頃の自分に教えてあげたかったです。
 毎年頼んでくださる(西洋民芸の店)『グランピエ』さんのお仕事も嬉しいです。手書きのお手紙でご依頼をくださることもあり、嬉しさが増します。
 一度イランの方と日本の方の結婚パーティーをしてからイランと不思議なご縁ができたのも印象的です。そのパーティーでは新郎新婦の生まれの日本料理とイラン料理、育った国のベルギー料理の三種類の料理を出して欲しいというご依頼があって、ベルギーとイランは行ったことがないので正解かどうか分からないけどそれでも良ければ、ということでご了承を頂いて、お店に食べに行ったりレシピを調べて作ったのですが、当日食べて頂いたら「(英語で)これイランのやつや!」と喜んでくださっていてほっとしました。
 その後も、グランピエさんのイベントでお弁当を食べてくださったイギリス在住のイランの映画監督のご夫婦と仲良くなってイランの食材やレシピ本を送ってくださったり。そしたら次は、アメリカ在住のまたもやイランの映画監督の結婚パーティーのケータリングのご依頼を頂き、イラン料理を出して欲しいというリクエストがあってお作りしたら「(英語で)これおふくろの味や!」と喜んでくださっていて、嬉しかったです。
 私が知り合うイランの方は亡命して他国で暮らしている方が多いので、自分が作った料理を食べて気持ちだけでも帰郷してくださる姿を見ると胸が熱くなります。
 「VOLVER」は「帰郷」という意味なので、この屋号にしてよかったなと思った瞬間でもあります。

— パーティーでは驚きのある料理を提供される一方で、毎年とても伝統的な御節(おせち)も作っていますよね。

 はい。御節は料理を仕事にする以前から実家で作っていました。元々は母が御節を作っていたんですが、祖父の介護などが忙しくなって作れなくなった時に、私が作るようになりました。
 調べていくととても興味深くて。それぞれの品目にいわれがあるじゃないですか、縁起を担いだ駄洒落みたいなのも多い。それが江戸時代から受け継がれていて、現代でもこんなにみんなが食べているということ自体が面白いですし、それを祈りながら作って、みんなで食べて…。かわいいですよね、平和で、愛に溢れていて。だから御節は大好きです。年が変わるあの瞬間って平和ですよね。神人共食という観点からもとても興味深くて、日本のいいところが詰まっているなと思います。
 御節の意味や由来を詳しく知らない若い方が、VOLVERで御節を買ってくれて、「これがきっかけでいわれや意味を知ってすごく面白かったです」という感想をわざわざメールしてくださった時は嬉しかったです。

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得意なことを伸ばし、いろんな人と支え合えたら

— 活動している中で困難に立ち向かわないといけない場面も多々あるのではないかと思いますが、どう乗り越えていらっしゃいますか?

 やるか、やらないか迷ったらやる方を選ぶ事ですかね。失敗して恥をかいたり傷ついたりしても少しは前進できるので。
 そして周りと比較せず自分を見つめる事。うまくいかない時は自分の中に答えがあるので、痛みを伴っても見つめます。すぐに対処できなくてもいいので、原因を探します。
 自分の適性を見極めて得意なことを伸ばして、足りない部分はそれを認めて、いろんなタイプの人が支えあって楽しく過ごせたらいいなと思います。
 広い世界を見るのも元気が出ますし、ダンスミュージックをかけて踊ることも大事です(笑)。

— では最後に、これから挑戦したいことを教えてください。

 料理の本を出すこと。映画や映像作品のフードコーディネート。廃棄食品の有効活用などにも興味があります。デザインやビジュアル面に自分が培ってきたものを活かして、一部の人たちだけのものではなく、沢山の広がりがあるバランスのいいことができればと思います。
 あと、調理の際に出る野菜や果物の皮など処分する部分を使って草木染めをしたいと思っています。これは去年ようやくできて一年間貯めた玉ねぎの皮で風呂敷を染めて御節を買ってくださった方に差し上げました。でもそれだけしか出来なかったので、今後はもっと色んな食材でしてみたいと思っています。
 そしてまだあるのですが(笑)、3、4年前に見た夢があって、舞台の公演なんですが、会場がレストランで、観客も演者もお店のテーブルに座っていて、同じものを食べながら舞台が進行していくんです。具体的に考えると難しそうですけど、その夢のことが忘れられなくて、いつか実現できれば良いですね。

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宍倉慈・ケータリング『VOLVER』主宰
2009年にイベント出店で初めてのケータリングを行い、「VOLVER」という屋号を付ける。その後、幾つかの厨房、農園などで働いたのち、2013年に独立。学んできた芸術、畑での野菜作りの経験などから、自然の美しさ、旬の食材の美味しさを大切にした料理を提案。京都を拠点とし、関西圏内を中心に展覧会のレセプション、ファッションブランドのパーティー、舞台などへのケータリングやお弁当作りをしている。また、『北大路魯山人の美』展(京都国立近代美術館)、APP ARTS STUDIO企画のワークショップでの盛り付けの講師、雑誌のフードコーディネートや、レシピ開発等も行なっている。
http://volver.jp

料理写真提供:VOLVER
Text & Photo:Masae KOBAYASHI

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