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Interview 1/2

下森明香・アクセサリーデザイナー〈前編〉

Asuka Shitamori | accessory designer

ファッションの最前線に立つ大人の女性達からの熱い視線を集めるアクセサリーブランド「tamas」。ミナペルホネンやH.P.フランス、中川政七商店といった有名店をはじめ、日本全国のセレクトショップで取り扱われている。その生みの親であるディレクター下森さんのアトリエに伺い、アクセサリーをつくることについてお話を伺った。

左京のアトリエ

— 普段のお仕事の様子を教えてください。

普段はご注文頂いたアクセサリーをとにかく毎日作っています。ここ2、3年はお取引先や他のブランドのイベントなどに合わせた別注アイテムのご依頼も増えて、そのことを考えている時間も多いです。あと、雑誌のメイキング企画のためのサンプルを作ったり。締め切りに追われた漫画家のような感じで、笑。あとはお取引先とのやりとりなど。

— 今は何人でされているんですか。

私以外に、アトリエの常勤スタッフが3名。それと以前から一緒に働いてくれていて、今は岡山に引っ越したんだけど、展示会の時や(材料の)買い付けの時に来てもらっているスタッフがいて、あと昨年からパートナーが経理を担当してくれているので、みんな合わせると6人になります。

このアトリエでスタッフたちが一針一針手縫いで刺繍をしている。
このアトリエでスタッフたちが一針一針手縫いで刺繍をしている。

— すごい。会社のような規模ですね。

ちょうど今年、会社にするところなんです。早いもので再来年10周年になります。

— 業界の中ではもうベテランということになりますか。

やってる側は結構フレッシュな感じでやってるつもりだけど、多分もう中堅。アクセサリー業界は若い子がどんどん出てくるので…刺繍のアクセサリーに限って言えば上の人がいないので中堅どころじゃないかも。

— ファッションの中心も東京で、取引先も多いと思いますが、京都にいるのには理由はありますか。

京都だと何となくいろいろと許されるという感じはあります。むしろ京都だからOK!っていうくらい。元々、東京に住むのは疲れそうだから田舎者の自分には向かないと思っていて。京都には大学から住み始めてもう住み慣れているというのもあるし。家賃もそこまで高くないし、空気が穏やかで、家に籠もっていても誰にも噂されたりするような田舎じゃないし…と考えていくと色々と丁度よくて。雑誌の取材や打ち合わせもインターネットや電話で事足りていたり。そうなると、東京にいないといけないという理由が逆にわからないくらいだったりもします。もちろん顔を合わせるべき時は行ってますよ。でも京都を出る理由の方が少ないかな。

災い転じて、アクセサリーデザイナーに

— アクセサリーを作り始めたのはいつ頃からだったんですか。

学生時代は美大で日本画を専攻していて、大学院卒業後も大学の近くで一人暮らしをしながら作品を作っていたんですけど、その家がなんと作品を作る過程で火事になってしまったんです。それでもう、喪失感から作品を作るのが嫌になってしまって。何もすることがないなと思ってた時に、大学院の時の友人から「アクセサリー作ったら良いんじゃない」って言われました。というのも学生の時に、大学祭で自作のアクセサリーを販売してみたら、なかなか好評だったんですよね。それで、じゃあ本気でやってみようかなということで始めました。最初はまだtamasというブランドではなかったんですが、京都で初めて展示会をやってみて、その時「いける」という手応えを感じたんです。それからウェブサイトを作ったりして、2009年の4月にtamasをスタートしました。

tamas 2016年のコレクションより
tamas 2016年のコレクションより

SNSから初の合同展示会に

— なんと火事がきっかけで。そこからどのように軌道に乗っていったんでしょう。

初めはどうやって売ったら良いのか全然わからなくて。当時出始めだったSNSのコミュニティに入っていて、そこで「アクセサリーブランドの立ち上げってどうやったらいいんでしょうね?」って相談したんですよ。そうしたら、すごい親切に答えてくれて。そこで、展示会というのがあると。それはパリコレの時期に合わせて日本でも年に2回あるんで、それに出展したり、自分で個展をしたりして、バイヤーさんに見てもらうっていうのが正当な道筋だって教えてもらって、へぇーって、笑。その方が「知り合いが合同展示会を主催してるから良かったら紹介しようか」って言ってくれて、それに出展しました。
東京の代官山であった小さな規模の展示会で、来場者はものすごく少なかったのですが、良いお店が7店くらいついて。初オーダーはLamp harajuku(H.P.フランスの路面1号店)からでした。Lamp harajukuは業界の人から絶大なる支持をされているお店で、そこに置いてあると人の目に留まりやすかったりとか、雑誌にも取り上げてもらいやすかったりして。いきなりたくさんのご注文をいただくことになりました。

— SNSすごいですね!しかも最初の出展でいきなり認められた。

当時は27、8歳で「30歳になる前にどうにかしなきゃ!」って思っていて。それまで、潰しの効かない美大、しかも大学院まで行って親のすねを嚙りまくってましたから。一応は教職を取っていて、30歳で無理だったら実家に帰って教師をやろうと思ってたので、なんとかギリギリ間に合いました。
それからは一人では注文を対応しきれないので週3で人を雇うようになったり、次第に毎日来てもらわないと回らなくなったので、アトリエとして新たに部屋を借りたりとか、こうなったからこうした、ということの繰り返しで今に至っているという感じです。だからそんな波乱万丈はないです。

— 苦労物語などない、笑。

笑。ただ苦労したと言えば、立ち上げから4年目くらいまではほとんど一人で作っていたので、作り続けるということが単純にきつくて、週刊誌のマンガ家のようなイメージでしょうか。
忙しすぎて眠れずにいたら、どんどん痩せていって、体力的に結構追い詰められてしまった。当時、展示会は通常、20点ほど新作を出していたんですが、忙しさがピークの時はたったの5点しか出せないということもありました。その時は本当にきつくて、辞めたいって思いましたけど、辞めたら生活できないしなぁと。それで思い切ってスタッフを募集することにしました。

— はじめの頃は値段が安すぎると言われたとか。

初めての合同展示会の時、一緒に出展していた周囲のブランドの方から安すぎるよって言われて、え、そうなの?って。修正ペンを手にその場で価格を見直しました、笑…適正な価格をつけることはとても大事で、今でも結構考えます。

広がるコラボレーションの輪

— 毎回ユニークなシーズンテーマやデザインが楽しみなtamasですが、アイデアを考えるのはどんな風に?

tamasのコレクションの新作制作については、年間スケジュールを立ててやっています。直近でいうと3月に新作の展示会があったんですが、いついつまでに作品を完成させておかないとカタログを作るのに間に合わなくなる、と逆算して新作を考える時期を決めて、2週間くらいそのことだけに集中します。
シーズンテーマについては、この春夏は「太陽の町」という井上陽水さんの曲名からで、割とその曲のイメージに近いデザインになっていると思います。よかったら是非YOU TUBEで聞いてみてください。その前の「GET BACK」はビートルズから。レコードのジャケットなどを眺めたりしていて、ふと着想を得ることも多いです。人を雇い始めてからですね。時間にゆとりが出て、コラボレーションなど企画のお誘いも受けられるようになって、それらについて考える時間も増えています。最近は結構次々にアイデアが出てくる、笑。

愛猫を傍らに終始リラックスムードでお話しいただきました
愛猫を傍らに終始リラックスムードでお話しいただきました

— カリスマ的な人気ブランド「ミナペルホネン」とのコラボレーションもされてます。

きっかけは先ほども出たLamp harajukuで、スタイリストの大森仔佑子さんがtamasのアクセサリーを目にして展示会に来てくださったことでした。その時に「新しく和装ブランド(double maison)を立ち上げるから、アクセサリーを別注で作って欲しいと」お話をいただいて。その和装ブランドの展示会はミナペルホネン京都店で開催されたのですが、そこからミナと繋がって、コラボレーションでミナのテキスタイルを型どったアクセサリーを作ることになりました。その次のシーズンからはミナのお店でもtamasを取り扱っていただいています。

グラフィックとともに進化するブランド

— 2012年にはtamasのロゴマークが変わりました、アートディレクターの菊地敦己さんによるデザインですね。

大森さんのブランド「double maison」のアートディレクションを菊地さんがされてて、学生時代からお名前は知っていたし、何かお願いしたいと思ってご連絡したんです。それで菊地さんの事務所に伺って、ロゴから作ってもらうことになりました。

tamas_logo

— それまでの手書きのロゴから結構雰囲気が変わりましたね。

ブランドのイメージが変わりました。展示会の会場もそれまではほっこりしたアクセサリーブランドという雰囲気があったんですが、ロゴが変わることで会場の雰囲気もシャープになって。ウェブサイトもロゴを変えるだけでも印象が結構変わったし、お客さんの層もかなり広がった気がします。

— アクセサリー自体のデザインはどうですか。

変わってきていると思います。私自身が大人になっているということもあると思いますが、全体的にスッキリしてきている。(色合わせなどが)奇抜なものもアウトラインはスッキリしてきているような。「ロゴなんて変わったってそんな変わんないよ」って菊地さんは言いますけど、私的には凄く変わっている気がする。毎回コレクションは、他の人が考え及ばないようなものにしていきたいと思っているから自然と変わっていきますが、以前にデザインしたものも好きなので、残していくスタイルにしています。今の自分には思いつかないデザインもあると思いますし。

tamasのレギュラーコレクションより
tamasレギュラーコレクション ー tamasウェブサイトより
下森明香(アクセサリーデザイナー)
2006年京都造形芸術大学大学院修了。修了制作にて大学院長賞受賞。
2007年(株)INAXのアソシエーションアーティストとしてイタリア・ミラノサローネ正式出展。
後、絵画やインスタレーションを主に、国内外の企画展や個展にて作品発表。
2009年アクセサリーブランド、『tamas Accessories』 立ち上げ。
年2回のコレクション発表、多ブランドとのコラボレーションアクセサリーの制作。
(主なコラボレーションブランド:イッセイミヤケHaaT、mina perhonenなど)
2013年ブランド名を『tamas』に改名。以後、菊地敦己氏がADを監修。
2014年ニューヨークにて初海外展示会に参加。
現在、年2回個展にてコレクション発表。合わせて日本各地にて展示会を開催。
http://tamas-uca.com

Text & Photo:Masae YAMADA

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