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Column / 惑生探査記

土用と水用

suiyodoyo

2月の短いしっぽの端を見送る前に3月の頭はもうはみ出していて受けとめる間もなく春に押し出される、あるいは春が張り出してくる。春は張る、ハル、膨張する。木の芽をふくよかにする。
毎月1日は赤飯を炊くと年の初めに決めたので、3月のついたちを迎える赤飯を食べて過渡の季節に浮き足立つものの腹を据える。

今のアパートに引っ越して3ヶ月経って家が私に慣れた。周辺はこれまで住んだところと比べると良いとはいえない環境だと聞いていたので、最初は若干怖じ気づいてもいた。でも住んでみるとそんなに悪くもない。確かにパトカーはけっこうよく走るし、警察官が歩いて何かを聞いてまわっていたり、アパートの駐車場にたむろする中学生は吸殻といちごみるくのパックを捨てていくけれど。
NHKの人がやってきたのでテレビはないです見ますか、と言ったら笑顔で帰っていった。どうしてその仕事をやっているのか聞きたかった。午前中に4回ノックが聞こえたら宗教の勧誘。どうしてその神さまを信じられるのか聞きたかった。けれど聞いたら最後、聞いたことを後悔するほどそのことを話してくれるに違いないので、トーストを齧りつつ覗き穴からふたりの女性を見送る。
真下の部屋の人はベランダにずっとピクニックシートを吊り下げて部屋の中が見えるのを遮っているのに、ポストの扉は毎日全開の開けっ放しになっている。通るたびにそれを閉めているけれど、こう毎日開け放たれているということは、もしかしたら何らかの理由で開けておきたいのかも知れない。3つ先の部屋の人は玄関先に白い天使と赤茶色い大黒さまか布袋さまの置物を並べていて、しょっちゅう家具家電を運び込んだり運び出したりしている。その下の人は空き缶を集めている。私は内緒で部屋に猫を連れ込んでいる。

引っ越してすぐ100均で見つけて買って来た小さいサボテンはこの3ヶ月のあいだに大きくなったのかなってないのかよくわからない。水をやり過ぎるとだめになる代表格みたいなサボテンが実は水栽培できると知ってやってみたくなった。サボテンの根はどんなものかと引っこ抜くと、特に他の植物と変わらないものが生えていた。洗って土をおとし5ミリくらい残して根を切り落とす。
土から水や養分を吸い上げる根と水栽培の根が同じではだめで、直接水に浸かる生活に切り替えるために水用の根を新たに生やす必要があるらしい。それで一旦古い根を切る。切った根の先がぎりぎり浸かるくらいの水を張った瓶に入れて日当たりのいい窓のそばに置いておく。2週間過ぎた頃、砂つぶを掘り進めなくていいためか土用より繊細でよく見るとまわりに細かな毛の生えた眠たい触手のようなふわふわした根が水中に漂いはじめた。同じように多肉植物も水栽培できると知り、引っ越した直後はとにかく物の整理のためのケースのようなものを求めて100均に足繁く通っていたので、その度小さな植物コーナーでいきのいいのが入ったかどうかチェックし、小さい空き瓶で次々水栽培にした。

大きいのも見つけた。
駅から家までの川沿いの道の対岸に緑というより灰色がかかった青い葉の、周りの植物のトーンからちょっと浮いているアロエの化物みたいな巨大植物がある。ちゃんと調べてないけれどあれはアオノリュウゼツランというやつだと思う。漢字で書くと青の竜舌蘭。開花するまでに数十年かかり一度花を咲かせると枯れてしまう。その一生一度の開花のために5メートル以上の花茎を伸ばし、これでもかという高さに達したのちに黄色いこまかな花をたくさん咲かせる。去年市の植物園で20年ぶりに開花したとニュースで見てこの植物の存在を知った。
川沿いに潜むアオノリュウゼツランは葉だけで花茎は伸びていないからしばらく開花の見込みはなさそう。でも通るたびに日常の隙間に息づく奇怪な部分を見たくなる。あそこのドラゴンに。ねぎの突き出したスーパーの袋をカゴに入れて自転車を引き川沿いを歩いて会いにいくと、どこかから梅の香りが流れてきた。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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