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Column / 惑生探査記

トレーシングペーパー ≒ 離婚届

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昨年、人生のなかでしないだろうと踏んでいた離婚というものを、した。
一度は添い遂げる気持ちで一緒になった相手と過ごした10年あまりの時間を思えば、決断に至り実行するまでには感情のぬかるみに足を取られながら気の遠くなる振れ幅の緊張と虚脱を行き来した。

離婚するということは何よりいつくしみ整えてきた生活のコンポジションと暮らしの肌理を失うことだったから、選んだとはいえそれ相当の喪失感を味わうことにはなった。結婚にもきっといろんな形があるので私に書けるのは私にとっての、ということになるけれど、私にとっては約束と信頼に担保される自由に基づいて生涯の伴侶としてお互いがあることで充実し、深く生きることが何より大切で、相手のことは信じ些末なことは手放していたところがあった。実際そのように居ることが長い間できていたし、それが続けばいいと思っていた。

あるときどうしてもそれまでのありようを阻害する意識を拭い去ることができなくなった。そうなると本来望まない疑念と執着に襲われる。
子供をもたなかった私たちのあいだにあったものは、相手と過ごす時間のなかで自分自身を育み暮らすささやかな日常だった。孤独や不安にできるだけ振り回されずものごとを見つめ、創造的に生きる地盤をもつために一緒になったのだ。
できる限りの立て直しをはかったけれど起こったことは消えず、それ以前には逆立ちしても戻らないという当然さへの岩のような絶望感に心身は塞き止められ、よどんで膿んでいった。陥没した心は人を貶めてでもその穴埋めをしようともがいて悪しきアイデアを次々と発想し、同時に実行しようとするのを制する努力を走らせた。暴力的になっていい正当な顔つきの理由をまとって権力らしきものを振るえばその味を占め、そういう快楽があることも知った。
客観的に見ればそのときの私は、覆水で練った覆面をつけて返らないものをこれ見よがしに見せつけるような喜劇的状況で、処理能力の追いつかない感情に見舞われたときの人生における演劇的発露の必要性、などという言葉をよぎらせていた。そうしなければ追い出せないものが蓄積する体の自浄作用のようでもあった。
私に備わる全機能が一点の事柄に従事するため、勘の精度は鋭さをいや増して、知りたくないことを的確に感知してしまう。弛めておくことができなくなった感覚は硬直し、それ以外のことに関するディテールを拾い上げられず詩の言葉は出てこなくなったけれど、「地獄の季節」というランボオの詩集のタイトルが今の私の時候を言い当てているわと、そんなどうでもいいことを本棚を眺めて思ったりしていた。

まもなくそんな状態からは脱したいと思うようになった。とにかく美しくなかったから。そんなことに占められて時間を食い潰す自分でいることは何より耐えがたいのに、湧いてくるどうしようもない思念からはどうにも逃れられず、逃げ場のなさに狂ったように泣きわめいてみても、そうなっている自分もどこか芝居がかって見えてくる。この感情はさほど自分のものじゃないしこれは私のことではなくて私はつまり私じゃない。こうやって人は自分の破綻を防ぐのか、これが常態化することが破綻なのかどっちだろうと思っていた。かといって感情のコントロールはきかず、束の間なだめられても起こったことへの根本的な始末のつけ方を心得ない言動に疲れ果てていった。これまであらゆるときに励まされた音楽も言葉もばらも猫も香りも効かなくなっていた。

空白のような休日にひとりだった。漠然とどこか遠くに力ずくな速さで行ってしまいたくなって、あてのない宙ずりの足取りにまかせていたら新幹線に乗っていた。行き着いた場所で人に会いたいと思った。唐突だったけれどその日会える友人がいた。
そこで起こったことは性分から言ってはみ出すことだったし、自分でもにわかに信じ難い不可抗力に動かされた出来事だったけれど、私はもうそれくらいに維持されていた私の形状から押し出され傾れかかって自力で立てる気がせず、受けとめてくれる人をたぶん自分で思うより必要としていた。そんな脆さは追いつめられてようやく知る性質だった。もとあったものがずれて動いたその余波は友人同士であった関係を一変させた。もちろん誰でもよかったわけではない。そのとき差し出されたいくつかの言葉を持って帰る道すがら、そのなかのひとつに自分がまた新しく動き出せる芽を感じた。

日々はこうあってほしいと願う未来のための小さな一手の積み重ねで、選択肢を前に願う未来の気配が漂う方向へ、不確かながら身を投げる。一手から起こった動きはどこかではね返り響く。人や状況の綾をくぐり抜けて屈折し、まるで発端と結びつかないようなものが化けて出ることもある。ほとんどのことはそうやって偶発的に響いた結果なのかも知れない。どのようにあっても体は、心は打たれれば響き、その反響自体はとめられない。
私たちは誰もが人の間から発生した生きものであるけれど、生まれつき誰からも分かたれてこの体にひとりある以外に仕様がなく、私は隔たってあるからあなたに触れうる。この孤独は血の通った幸福だと言えるよう、自分や相手を苛む執着をすることなく人とありたい。支配も管理もすることなく。だから、傍に居ないということでしか相手を想い尊重できなくなったとき私は手を放すしかなくなる。傍にいることでお互いのあいだによい動力を生み出すことができるなら共にあることを望み、守る。

離婚届はどういう意図なのかトレーシングペーパー並にぺらぺらの紙で、かばんに入れているとくしゃくしゃになって破れそうに危うく、持って歩くのが億劫だった。婚姻届はどんな厚みの紙だったか思い出せないけれど、結婚したことも離婚したことも後悔はしていない。
人の心も体も動くときには動いてしまうし抗えないものがある。どうあれこれは誰のせいでもなく、私はただ何も諦めることができなかった。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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