寄稿 寄稿

Column/ 惑生探査記

桃源郷

togenkyo

朝。日の出と共に徐々に室温が上がって、あぶり出されるように暑さで目が覚める。前の晩によほど食べ過ぎたのでなければ、起きると同時にお腹が空いている。とりあえず水を飲む。
朝いちばんに果物が喉を通っていくイメージが前の晩からあったので、冷蔵庫には夜のうちに皮を剥いた桃がすでに用意されている。ラップを取ると桃は変色している。それは知っている。よく冷えた桃がイメージ通りに喉を通りすぎて胃に落ちる。

桃の皮はいつも指で地道にぺりぺりめくりながら実を爪で掘って穴を開けて悲しくなるか、包丁をどんなに皮と実のあいだに注意深く滑らせても実をこそげるので悔しい気持ちになっていた。
ずるっと脱がせるように皮が剥ける、というのをふいに流れて来た動画で見た。熱湯に浸けたあと氷水で冷やした桃を両手で包むように持って、親指に少し力をかけ、そのまま左右に引っ張りながら指をおろすと皮がべりっと破れて脱げる。その様子をくり返し見ていると、だんだん脱がせたさを抑えきれなくなって桃を買ってきた。
小さい鍋に湯を沸かして桃を浸ける。ゆで卵のときはそんな気持ちにならないけれど、生の果物を熱湯に浸すのはわるいことをしている気分になる。すぐに氷水で冷やす。
動画で見たのと同じ手付きで桃を包むように持って、両手のひらを左右に滑らせるように表面を引っ張ると、みごとに皮は真ん中から裂け、うるんだ桃肌があらわになった。
傷ひとつない完璧な甘い水分の塊が、テーブルの白い皿の上で電球色のLEDに照らされている。表面は黄色と杏色のグラデーションで、濃いオレンジのすじの模様が入っている。頭の中でホルストの木星が聞こえてきた。天体に見えている。耳でも聞きたくなってiPhoneが奏でる。
あまりに奇麗なので丸いままひとくち齧り、あとは明日の朝の為に切って冷蔵庫に仕舞った。
その晩は組曲惑星を最初から流しながら布団に入って、ぼーっと天井をながめていると、火星、金星、水星くらいで意識が遠のき、エアコンで快適に冷えた地球の上で眠った。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

page top