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Column / 惑生探査記

巣づくり

sudukuri

しばらく住まれていなかった家の、何の、というでもない住人不在のにおいのする部屋。窓を開け放って澱んでいた空気を動かす。仮死状態だった部屋が少しずつ息を吹き返して蘇生する。
床を拭く。きれいなように見えて雑巾を裏返してみると真っ黒い。部屋の隅の埃には前住人の体毛がまぎれている。床の拭き掃除をすると新しい部屋のかたちに自分が添っていく感じがする。
段ボールの積まれた見慣れない部屋に前の家から運んできた冷蔵庫とか机とか、見慣れたものが混ざっていて既視と未知の隙間にいる。

新しい自転車のハンドルの角度とサドルの高さで胴体のバランスが新鮮な塩梅になっている。新品タイヤと初めて通る道との接触。自転車でイヤホンはダメらしいけれど、帰り慣れた道なら自転車の時間は音楽を聞く時間だった。不慣れな道だと視聴覚を全面外向きにしておかないと不安で、そのうえ乗り慣れない自転車だと、何気なくこんな薄っぺらい車輪の上に平然と乗っていることまでもが不安になってくる。

水道、電気が通って、ガスが開栓される。目下の課題は洗濯機の設置を自力でしなければならないこと。蛇口と洗濯機を接続する部品をホームセンターで探してきて、説明を読みながらどうにかつなげた。それでいざ洗濯してみたら蛇口自体が劣化していて水圧に耐えきれないらしく、見過ごせない勢いで水漏れするので結局水道屋を呼ぶことになり、買ったばかりの部品ごと蛇口の部品を交換された。
カーテンは品番を間違って注文してしまって、選んだのと全然違う柄のものが届いた。けれど悪くないように思えて試しに吊ってみると、最初から吊ってあったようにすっと部屋に馴染んだのでもうそのまま。
椅子に乗って押入れの上の天袋を覗いたら布と丸いものが散乱していた。丸いものはCDで、手を伸ばして引き寄せたら盤面の裸の女の子と目があった。アダルトDVDだった。それが数枚と黄緑色のカーテンがなぜか片側だけ、前住人の置き土産。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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