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Column / 惑生探査記

正月召喚

クワイ

引っ越した家の玄関ドアには駅前の平和堂で買った小さい正月飾りがぶら下がっている。アパートはどこも同じ玄関で暮らしの表情が見えにくいし、正月も積極的に呼ばないとちゃんと正月の顔をして来ない気がしてくる。

妹が学生の頃バイトしていた飲食店で、炊き合わせの中に入っていた見慣れない形のものを若いお客にこれなんですかと尋ねられた。同じく若かった妹もその名前を知らなかった。少々お待ちくださいと戻って手をグーにし人差し指を立てて少し曲げその形を出来るだけ再現し、これなんていうやつですかと厨房でたずねたら爆笑された。それを聞いて以来クワイを見るとどうしても手をそうしたくなる。
今年クワイよりもさらに奇妙なチョロギというものにおせちではじめて出くわした。赤い巻貝みたいで貝類に見えるくせにじつは根菜だった。

大みそかは特に初詣に行ったりもしないので、紅白を眺めていたらそのうちゆく年くる年が始まって年を越した。寒い夜中に初詣に並ぶ人たちは寒いし混むとわかっていながら行くのだから、それでこそなところもあるのだろう。
年越しを過ごす実家からわりと近くの平等院が映った。鳳凰堂の阿弥陀如来のまわりを舞う雲中供養菩薩はひとつひとつ楽器やいろんな道具を持っていてポーズがおもしろいし、とにかくみんな雲に乗って飛んでいるのがおもしろい。

ある年の元旦、積極的に見ていた訳でもなかった箱根駅伝の中継で、先導する白バイの人が紹介されて、読まれた名前に聞き覚えがあったのではっとした。白バイの人は同じ幼稚園に通っていたひとつ上の男の子だった。これまでに出会った珍しい苗字ベスト3に入る変わった名前だったので覚えていた。それにちょっと好きだった。その子の家は近所にあった警察の官舎で、お父さんが警察官だった。父の後を追いかけたのだなと本人の知る由のないところで白バイに乗る姿を見ながらしみじみ思った。

年が明けてはじめてした具体的なことは、穴を掘るだった。引っ越した家の狭いベランダに置ききれない植物を近くの公園の草地に植えに行った。掘ってみると土は案外かたく、細いゴボウくらい立派な何かの雑草の根が四方から突き出してくる。移植ごての先で根を断ち切りながら深く掘っていく。新春爪の先に土が入る。蔓を伸ばすものはフェンスのそば、雨に弱いのは大きな木のかげ。日差しがあって元旦のわりに暖かく水をやると緑が映えた。カラになった植木鉢を抱えて帰り黒い手を洗い白い餅を食べた。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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