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Column/ 惑生探査記

疾走失踪

shippu

左膝が痒い。
地域の運動会があった。今年の春に引っ越した先の町内はわりと結束が固く、行事にも積極的で、引っ越しのご挨拶をした段階でまだ走れそうな年頃と見込まれ、秋に運動会があるからと期待されていた。
そしてその秋がやってきた。当日の朝8時45分、半覚醒の体を引き連れて小学校の運動場に集合する。町名のゼッケンをつけた老若男女が列になって入場行進から始まる。優勝旗返還、選手宣誓、造花ならぬ造火をもった聖火ランナーが運動場に入ってくる。開会式の一通りが終わると準備体操。久しぶりのラジオ体操。各運動の短さと早さに筋は伸びる隙を与えられず、あっという間に終わり最初の出場種目玉入れ。1球も貢献できた気がしなかったけれど我が町内は1位だった。戻ってくると茶封筒を手渡された。出場すると景品としてラップやティッシュの日用品がもらえる。さらにこの地区では1位になると最寄りスーパーのお買い物券600円が出ると知り、俄然気合いが入る。
左膝が痒い。
続いて100m走。走るのはわりと得意だったし、同年代と走るなら勝てる自信があった。年の若い順、小学生から走って行く。ピューマのような顔つきの手足の長細い双子の兄弟が目の前を駆け抜けていくのに目を奪われる。人数の関係で私が一緒に走る他3人は体操服で、どうやら10代だった。並んだときの背格好に大差なくても、私が酒を飲めるようになった頃ようやく初乳を口にしたような人たちで、しかも休みの日に地域の運動会にちゃんと出るような中学生は、それなりにちゃんと走るに決まっている。勝てないにしてもあまりに無惨な差をつけられるのは癪なので、最初からそのつもりではあったけれど、本気で走る気合いを入れなおしトラックの位置についた。
左膝が痒い。
ピストルがなる直前の後頭部が引きつる感覚。出遅れないタイミングで音と同時に最初の足を踏み出す。いちばん内側のコース、スタートは最後尾、前を全力で追う、運動場の軽い砂の色、前を走る人の後ろ姿、観客席、校舎、秋晴れの空が視界を流れていく、もういちばん早く走れた頃の速度は出ていないだろうけれど、自分の最高速度に乗った体の感じは鮮明に甦っていた。狭い運動場いっぱいいっぱい実測100mないかも知れないトラックの最終コーナーを曲がって、前のふたりは抜けそうにないけれど、横を走っている子とは競っていた。抜けるかも知れない、最後の数m直線、と思ってスピードをあげようとしたとき、その一歩目の左足が出なかった。あ、と思った。足がイメージに追いつかない。足が出ない、ということはつまりもう転ぶしかない。前傾になった体が倒れていく倒れていく倒れていく。地面。膝の皮フが砂地でこすれて擦り剥けるなつかしい痛みが体を走る。疾走するイメージはその体を置いて走り去っていく。場内がやや沸く。普通に恥ずかしいのと同時に運動会の雰囲気に貢献できたことはちょっとうれしい。すぐ起き上がり石灰の白さをまとってゴールラインまでたどり着く。そして来年は多少走る練習して出ようと思った。
運動会から一週間ほど経って治りかけた瘡蓋の左膝が痒い。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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