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Column/ 惑生探査記

山谷滞在記

sanya

仕事で東京にきて南千住のあたりに泊まっていた。初日に宿泊先のシェアハウスに着いたのは夜11時で、まったく土地勘がないし暗いので周囲の風景をよく見ないまま朝になり、食べものを探して外にでた。向かいはモツ専門の肉屋だった。すぐそばにいろは会という商店街のアーケードがあり、山谷は日雇労働者の街、労働者を排除する再開発反対、いう垂れ幕が下がっていて、その辺りに座って談笑するおっちゃんたちがいる様子からここが山谷と呼ばれるところだとわかった。

歩きまわってみると、だいたいどこも一泊2200円、カラーテレビ、冷暖房完備と表に書いた宿がたくさんある。どの宿の前にも自転車がたくさん止まっている。あとはコインロッカー、コインランドリー、銭湯。ひとつ前のコラムに釜ヶ崎で撮られた映画のことを書いたけれど、その映画を見たすぐだったこともあって、映画で見た風景がオーバーラップする。いろは会商店街はシャッターの下りているところが多く、開いているのはグレーや紺の服が主なメンズ洋品店、洗濯洗剤は今も粉が主流の日用品店、朝から開いている大衆酒場からはオリジナルをはるかに超えて情感豊かに歌い上げられる長渕剛の乾杯が漏れ聞こえてくる。あとは青果店、酒屋などがまばらに営業している。創業大正7年とある惣菜屋で緑色の青じそおにぎりを買ったら沢庵がついてきた。食べながら歩く。おにぎりはとても上手に握られていておいしい。通りにダンボールをひっくり返して並べ、その上に発泡スチロールのふたを乗せて野菜やパンを売っていたりする。葉付き大根1本とりんご3つ、バナナひとふさ、ヤマザキの串だんご、2種類の食パンがそれぞれひと袋ずつ据えられていたり、どういう仕入れなのか少量ずつデッサンのモチーフのように陳列されている。品物は青果中心だったり乾物中心だったり日替り。日向に集まったおっちゃんたちがワンカップを並べて午前中からお茶会をしている。商業的な賑わいとは違うけれど、生活がそこに自生している雰囲気があった。

10日ほどこのまちで過ごした。シェアハウスからいちばん近いコインランドリーで洗濯機を回したまま部屋に帰り、終わった頃に戻ってきたら急に混んでいた。中にいたおっちゃんのひとりに待ってる人がいるんだから洗濯物を入れっぱなしにして出るのはだめと怒られ、10分やそこらくらいは普通ですよとかばってくれるおっちゃんもあり。スーパーの特売日は朝からレジに行列ができる。セルフレジの導入が余計混雑を生み、ろれつのまわらない野次がとぶ。片足を引きずっている人をよく見かける。日用品店の店先には大人用紙オムツが並んでいて、すれ違う人の多くは働き盛りを過ぎていた。

シェアハウスの宿泊客は全員外国人だった。共用キッチンに置く食べものには名前シールを貼ってくださいとある。初日に買った5枚切食パンにシールをはらず置いておいたら、次の日の朝ぜんぶなくなっていた。買い直してシールを貼っても同じことが起こったので、食パンは部屋に持ち帰って守ることにした。共用の冷蔵庫には各国の滞在者が残していった捨ててもよさそうな半びらきのどん兵衛なども冷えていて、庫内は発生源不明の合成ミントのような臭いが充満している。おかげで初日に買ったクリームチーズは日ごとミントフレーバーになっていった。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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