寄稿 寄稿

Column/ 惑生探査記

次々ばらが咲く

tsugitsugi

家が落ち着き、花を飾るくらいの余裕がでてきた。通りがかった花屋の店先で、母の日向けのカーネーションの群れのなかに濃い紫の珍しい色を見つけた。一輪差したらその一輪で部屋が格段によくなった。
近所のスーパーに通うのも徐々に馴染んで、前のアパートより広くなって使い勝手がよくなった台所で料理をしたくなる。家の古い雰囲気に合う地味な作り置きを作りたくなる。切り干し大根、ねぎのぬた、春キャベツのコールスロー、新じゃが土佐煮、だし巻き、ごま和え。米を炊いてみそ汁を作れば献立になりそうなものを作っておいて数日楽をする。
最寄りスーパーの不思議なところは、ぱっと見生レバーな滋賀の近江八幡名物、赤こんにゃくの煮たのや、同じく長浜名物の焼鯖そうめんがおそうざいコーナーに並んでいることで、京都の他所のスーパーでは見かけたことがない。滋賀の味覚のピンポイントな需要があるのだろうか。

ジュード ジ オブスキュアというばらが咲いた。淡いアプリコットでころんとした球形の花を咲かせるイングリッシュローズ。英語で書くとJude the obscureで、Judeというのは人の名前だろうか。obscureを調べてみると、あいまい、漠然、はっきりしない、という意味らしい。あいまいなジュードはっきりしないジュード。誰なのかわからないジュードは優柔不断な奴だったのか、なぜばらの名前になったのか、ますますよくわからない。さらに名前の由来について調べてみると、トーマス・ハーディの『日陰者ジュード』という小説から取られているようだった。これを読めば命名について納得のいく理由が得られるかも知れない。けれどその前にジュード ジ オブスキュアの素晴らしいのは何よりもまず香りで、みごとなフルーツ香をもっている。プラム、シトラス、りんご、その他いろんな果物の印象がひとつの花のなかで混ざっている。もちろんこの花の香りは長い交配の道のりの途中で生まれたもので、無為自然に任されたものではなく、人の手が介在している。けれど香りの成分を潜在的に持っているのも咲くことも花の領分であるから、植物と人のあいだに結ばれた縁のようなものを見る思いがする。交配には何の約束もなく、何万種の中から運良く結実した色かたちで、それを育てることも植物と人の両方があって実現する。ばらを咲かせるということには、植物と人のあいだに結ばれた創造的なものに触れる喜びが含まれていて、そこに感動がある。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

page top