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Column/ 惑生探査記

梅雨の手前

tsuyu

5月末に続いた夏日の加熱を冷まして梅雨の寝床を編むように6月最初の夜は嵐だった。
今年買った温室育ちのあじさいのるり色はもう褪せつつあって、5月の日差しに耐えきれずところどころ茶色くなっている。けれど褪せてセピアがかった頃のあじさいが好みの色合いだった。その傍には冬まで仕舞っておくために洗った鮮やかなマリンブルーのマフラーが干してあり、水を含んだウールからじわじわ水分が蒸発して羊毛の温いにおいがしてくる。物干し場で陽に当たっているとあんなに寒かったことが嘘のように毛穴もゆるみ、ゆるんだ腕の皮フをじっと見ていると表面に虹色が見える。
5月の中頃に買って来た睡蓮は睡蓮鉢いっぱいに葉を広げ、いつの間にかどこからか湧いてでたボウフラも大量に泳ぎ回っている。このまま全部が蚊になったら物干に出るたび献血なので、その前にメダカに食べてもらいたいのにメダカの売っているところが近くになかなか見つからない。
家の中の多肉植物やサボテンは温かくなると見るからに勢いを増し、猫は無限に毛が抜ける。水苔をふやかしてジュエルオーキッドという蘭を植え替えた。この蘭は葉の表面が細かく起毛していて、深いビリジアンの天鵞絨のようになめらかで、葉脈はラメを流したようにきらきら光るフィクションみたいな姿をしている。東南アジアの森林の暗く湿ったところに育つらしい。この蘭を初めて森で見つけた人は最初に何と言っただろう。店でこれを見つけて造花でないとわかったとき、ひとりでいたのでそもそも黙っていたのだけれど、その上からさらに黙らされる驚きがあった。それほど魅せられた美しい葉は、肉食のくせに葉をかじるのが趣味である猫に食まれて結構ぼろぼろになっている。猫の届かないところに避難させて新しい葉が育ってくるのを待っている。
冷蔵庫には紙パックの微糖アイスコーヒー、冷凍庫にはチョコレートコーティングのチョコレートアイスバー。近所のスーパーの隣の衣料品店で買った580円の明るいターコイズブルーのゴムサンダルは、きれいと思って買ったけれど、履くと明るすぎて足下が浮いて見える。つっかけて浮いたまま散歩をしたり買い物に出る。家から徒歩2分のところに手書きのメニューが表にたくさん貼ってある中華料理屋がある。冷やし中華がもうやっている。今年初めての冷やし中華はガラスの器に錦糸卵とハムきゅうり、真っ赤なさくらんぼが乗っていて、完璧な夏のお手本だった。
徐々に夏が近づいてくる、体が夏に寄っていく。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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