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Column / 惑生探査記

白粉白書

oshiroi

そういえばいつからかだいたい毎日化粧をするようになった。することが普通になってからはしないまま外に出ると目鼻を描き忘れて家を出てきた心地がして落ち着かない。
もっと若かったときはそういう、化粧するの当然みたいな出来上がった顔にもの言いたいような心境で、眉毛とまつ毛を全部抜き去って殊更に欠落した顔で歩いていたこともあったけれど、多少歳を取ってそういう気持ちは様相にそのまま反映させなくてもいいと思えるようになった。今では無碍にしていた眉毛とまつ毛にお詫びのしるしに育毛美容液を塗っている。

化粧品といっても安いものから高いものまで幅広い。アイシャドウやチークは百均でも百貨店でも買える。
あんまり安いものを使うと貧相な気持ちになるし、だからといって高価なものはこんなちょっとしか入ってない粉が一万円近くするんですか、ねえ、と思ってしまって気が引ける。
問題はどういうものを納得して自分の顔の構成要素として使えるかというところにある。安いものでも高いものでもファンデーションやアイシャドウは主にタルクやマイカという鉱物の粉でできていて、酸化鉄、水酸化クロム、グンジョウなどで着色されている。粒子の細かさなどで若干値段の差はあるけれど、どう見積もっても例えばアイシャドウの粉の部分だけでいうなら材料費は百円かからない。
なぜそういうことに詳しくなったかというと、納得して使えるものを探した末に自作するのがよさそうというところに行き着いたからだった。
ファンデーションのベースにするのはマイカという雲母の粉で、これはキラキラしている。マットにしたい時はセリサイトというラメのないマイカを使い、そのふたつを混ぜてもいい。そこに日焼け止め効果のある二酸化チタン、酸化亜鉛というのを混ぜたり、皮脂を吸着する無水ケイ素を加えたり、肌につやの出るシルクパウダーを混ぜたりする。それらの粉は全部白いので、肌に馴染む色味に近づけるために黄色、茶色、赤の酸化鉄の粉を耳かきくらいの細い匙で少量ずつ加え、乳鉢と乳棒ですり混ぜながら手の甲に粉を乗せて色味を調整する。出来上がったらパウダーファンデーションの容器に入れてパフかブラシで肌にのせる。これはいわゆるミネラルファンデーションで厚化粧には向かないけれど、クレンジングを使わなくても普通の洗顔で落とせるのでとても楽。
アイシャドウやチークは買ってもそうだけれど、ひとつあったら1年くらい使えるので、いつも年初めに今年のアイシャドウとチークを作ることにしている。季節によって鮮やかなブルーやグリーンに手を出したくもなるけれど、結局そういう色はほとんど使わないので、使用頻度の高いハイライトになる色とブラウン系の濃い色と遊び色を一色、ひとつ金皿にまとめて作る。その年の自分の顔色をうらなうという気持ちで調合する。
そういう誂えた色を使うよろこびもあるけれど、時にブランドロゴが謂われのない自信をもたらしてくれることもある。そうなったら原材料がいくらかみたいなケチな話しではなくて、やっぱり口紅は黒い艶と重みのあるロゴが入ったパッケージのものをアイテムとして持っていたいと思ったりする。塗ったらそれがどこの口紅かなんてわからないけれど、無言で唇に加勢される謂われのない自信によって言える台詞、叩ける大口だってあるし、自作自演の目の色で世界をまなざせるよう願ってみたり、化粧にはそういうまじないや術のようなところが本来的にあったのだからこの思い込みはあながち間違っていない。
ナチュラルに毒されず、ブランドの誘惑には微笑み返し、流行の波打ち際で、世界に散らばっている私らしき断片を探し当て、身繕うのはおもしろい。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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