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Column / 惑生探査記

おでんの卵

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深夜に家のなかが出汁のにおいに満ちているのはおでんを仕込んでいるため。台所に立っていると背後に視線を感じる。出汁がらの鰹節を待っているにゃあと鳴くものの。大根とこんにゃくをそれぞれ下茹でして、そのあいだに出汁をとる。ゆで卵を作る。ほんとは牛すじも入れたかったけれど、いいすじに出会えなかったので今回はなし。おでんの卵をあまり好きじゃないと思っていたけれど、あのぱさぱさになった黄身に出汁をかけて食べるとおいしいことに遅ればせながら気が付いた。
ゆで卵。特におでんのゆで卵の表面がぼこぼこになっているのは許せない。茹でたあと冷水でしっかり冷ませばカラは難なくきれいに剥けると知っているのに、その日冷凍庫には氷がひとつもなかった。水にしばらく浸けてあら熱の取れたまだ完全に冷めてはいない卵を剥いてみたら、どう気を付けても腹立たしいくらい薄皮に白身が密着して剥がれてくる。その時間の不毛さと言ったら、何度か卵をそのまま握りつぶすかゴミ箱に向かって全力投球したい衝動に駆られ、その都度食べ物を粗末にしてはと鶏や養鶏場で働く人の姿などを想像し抑制しようとして、けれど養鶏場の飼育状況、卵生み機のようにきちきちに並べられた鶏の映像を以前見たことなども共々思い出されて別の意味でもナーバスになる。この10個198円白たまごM寸もきっと。触れば触るほどぼこぼこになっていく卵を見ながらちょっと死にたいような気持ちになってくる。1個1個手で包んだ餃子を焼くのに失敗して焦げ付かせ、皿に移すと皮が剥がれて大破し残飯みたいになってしまったときもそれとよく似た気持ちになる。
そしてこれがおでんに浮いていたら悪意があってのことかと思われても仕方のない様相のゆで卵が数個出来上がる。すぐさま包丁を手に取り、それらを真っ二つに割って黄身をえぐり出し、白身をまな板の上で叩き潰し、玉ねぎのピクルスも巻き添えにして、それらをあわせて胡椒とマヨネーズを投入し掻き混ぜて冷蔵庫にぶち込んで寝た。
朝それをトーストにたっぷり塗って食べた。おいしかった。
琥珀色になった大根とこんにゃく、厚揚げなどは土鍋のなかで柔らかな眠りに落ちている。夕方土鍋を火にかけ、おでんを揺り起こす。煮込まなくてもいい練り物類を加え、ソーセージ、焼売を足すと土鍋は溢れる寸前で、トマトをまるごと煮てみようと思っていたのにその隙はなかった。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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