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Column/ 惑生探査記

11月素描

nov

寒さが増すほど布団は地球とは別の引力を帯び目蓋は重く、ガス代と電気代はゆるやかに上昇し、季節は冬へと移行する。

土鍋とパネルヒーターをメルカリで買った。土鍋の方には出品者から直筆のお礼の手紙が添えられていた。大阪で50年食器屋を営む75歳の、筆跡から見るとおそらく男性。ついに店を閉店することになったけれど愛着のある品々がまだたくさんあって、それらを出品しているらしかった。だから外箱は実家の押入れの奥底から発掘される忘れ去られた引出物のようにそれなりに古くなっていたけれど、中身は新品だった。手紙の最後には本名を出せませんのが残念ですが、と書き添えられていた。フリマアプリをあまり使ったことがなかったけれど、こういうシステマティックな売買の中にも、何だか人の良きものと交差するようなちょっとした出会いがあるのだと思った。定価の半額程で手に入れたこの鍋を長く大切に使うだろう。

電車の駅で、ホームのベンチに座っている男性が膝の上に置いたチラシの束を1枚1枚丁寧に読んでは丁寧に破いて足元に捨てている。特急にも急行にも鈍行にも乗らない。そのため足元に白い小山が出来ている。

秋のばらが咲いている。冷えた朝に陽の光を探して慎重に香りをほどくばらには、春の陽気に溢れるように咲くばらにはない魅力がある。熱に奪われないぶん色も香りも濃く深い。

バスの運転手が反対車線のバスとすれ違うときに、ちょっと手をあげて挨拶をするのを見るのが好きなので、バスは極力運転手の真後ろに座る。ある朝、乗っているバスと別会社のバスのすれ違いざまに、異なるバス会社同士で挨拶が交わされた。それを目撃したのははじめてだった。

あんまんを求めてコンビニを3件渡り歩いたけれどどこにもない。

夜、パチンコ屋の前を通るとチカチカする音と強い芳香剤とたばこのにおいが漏れてくる。あの音と光の騒々しさのなかでその強いにおいを呼吸し続けると想像するだけで頭が痛くなる。ただ店先から3mくらい離れたところで外気に薄められると、パチンコ屋のにおいはなぜか嗅がずにおれない官能的な印象の香りになる。それを嗅ぐためにパチンコ屋の前をかすめて帰る。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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