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Column/惑生探訪記

能 金剛流『道成寺』

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金剛流能楽師、宇高竜成さん主催の「竜成の会」で『道成寺』を観た。
「竜成の会」は年に一度開催されていて、今年で5回目になる。ご縁があってほぼ毎年拝見しているけれど、最初に演目についての解説があったり、その年の演目のテーマに沿ったゲストを招いてのトークなどが入る。例えば昨年の『谷行』では修験道がテーマで、それにちなんで修験道の祖・役行者(えんのぎょうじゃ)の弟子である五鬼の子孫にあたる方と仏師の対談、一昨年の『石橋』では獅子の親子を竜成さんの父である通成さん、弟の徳成さんの親子三人で演じられ、さらに能面作家の姉、景子さんが打った面を使用する実際家族総出での上演という、そこまで能に詳しくない人にも親しめるよう工夫されている。

今年も始めに『道成寺』の見どころをわかりやすく解説してもらえたので、まず茫漠とした心境でお能を拝見する、という強張った構えをほぐしてもらったところから上演を見ることができた。
前半は仕舞『鐘之段』と狂言『鐘の音』。『道成寺』にも有名な鐘入りの場面があるけれど、今回は他の演目も鐘で統一されてる。仕舞『鐘之段』では、ある詩人が「今宵一輪満てり 清光何れかの処にか無らん」という句を思いつき、うれしさのあまり真夜中に鐘を撞いて人々に咎められ「詩に狂ってしまいました」と答えた逸話があるらしく、子供を探す母親が三井寺にやってきて、その逸話を引いて鐘を撞くという一場面が舞われる。鐘は「撞く」もので「月」に縁があるらしい。そういえば精神に異常をきたす、常軌を逸するという意味のルナティックという言葉があるが、ルナも月。狼男も月夜に変身するし、月は古今東西どこか人を狂わせている。

狂言『鐘の音』では本来の言いつけである「付け金の値」を聞いてこいというのを「撞き鐘の音」と聞きちがえた家来が、鎌倉の寺院を巡って鐘の音を聴き比べ、主人に報告するというどうしようもない話で、そのどうしようもない話の道中に観客全員付き合っている状況がまずおかしく、内容はそんなふうでも狂言師の微妙な間合いの作り方、声と体の抑揚は観客を引き連れていく魅力を持っている。

休憩を挟んで『道成寺』。10代の頃、南座で坂東玉三郎の娘道成寺を観た。それがおそらく初歌舞伎で、とにかく豪華で色華やかで、坊主がたくさん、玉三郎は妖艶というくらいの記憶だが、歌舞伎や浄瑠璃は能の『道成寺』を元に作られている。『道成寺』は能楽師にとって登竜門となる演目で、そういう舞台に初めて挑むことは「披き(ひらき)」と呼ばれ、ひとつの節目となる。
能のどの演目でもそうだけれど、私はまず舞台上に大道具も何もないところから始まり、最後にまた何もなくなるところが好きである。本当は最後全員が舞台からいなくなるまで上演なので、拍手はいらないのだけれど、それを知らないと演者を拍手を送るべしと皆拍手をしてしまう。そうなるとあえてしないのも居心地悪いので、つられ拍手をしているが、本当は無音であの最後の時間を見ていたい。
『道成寺』の鐘は庭の番の役どころの狂言師によって運ばれてくるが、物語としても久しく鐘のなかった道成寺に新たに鐘が釣られる、というところから始まる。この鐘釣りのくだりが見ていてもなかなか大変そうで、地謡方、囃子方、ワキもワキツレも後見も、すでに20人近い人が舞台上に勢揃いしているところに担ぎ込まれ、2本の棒を使って狂言師2人で釣るそうとする。フックのついた棒は天井高くらいの長さがあり、舞台上で回転させることも他の出演者に当たらないよう慎重に動かさなければならないし、スムーズにいかない。そもそもスムーズにやることに無理がある。そこが人間的な笑いを引き受ける狂言師の役割になっているのは、演出的に考えられてるなと思う。どうにか鐘は釣るされた。白拍子(男装で舞う遊女)のシテがやってくる。寺の中は新しい鐘の供養の期間女人禁制だと門前払いされるが、面白い舞を舞うからと説き伏せて白拍子は中に入れてもらう。
烏帽子を被った白拍子の「乱拍子」が始まる。「乱拍子」とは、シテと小鼓が1対1で間をはかりながら小鼓に合わせ一歩ずつ三角に回る、という白拍子の芸を元に考案された動きで、かなり大きな間をとる。なので動きというよりシテは止まっている時間の方が圧倒的に長い。昔ラジオで放送された時は、無音の時間があまりに続くので放送事故と思われたという。
会場全体が固唾を吞んで静止の時間に同行する。小鼓とシテはどうやってタイミングを合わせているのだろうと見入る。耳をすますと小鼓を打つ前に鼓の紐を引き締める音が聞こえるので、シテはこれを聞いているのだろうかと思っていた。実際には両者の呼吸の回数を合わせていると後から伺った。常に音に反応するアンテナが張り詰められているのは2階席から見ていてもわかる。
ポンという音と共にシテの爪先がツッと上がる。そのまましばらく静止、でまたポンと鳴ると爪先の角度がツッ変わる。それくらいミニマルな動きで、シーンとしては30分くらい続く。舞台上のその他の出演者はその緊張の中に座したまま。こんな挑戦的な演出があるのかと感心していたけれど、道成寺が作られた当初の乱拍子は現在の倍の長さがあったそうで、さらに驚く。でも能にはどこかそういう挑発的な精神があったのかも知れない。私は囃子方の声をどうしてもシャウトと呼びたくなる。
静寂の乱拍子の後は急に加速する「急之舞」そして鐘の中に入る「鐘入り」と見せ場が続く。この鐘に入るところは流派によって入り方が違うそうで、金剛流は烏帽子を脱ぎ捨て斜めから飛び込む。シテも鐘の綱を握る鐘後見も絶対にタイミングをはずせない。能では本番までに装束や面をつけた状態で稽古をしないので、稽古段階と本番では視界も衣装の重さも違うし体感的には相当な差があると思う。本番中の意識は役どころに集中しつつ身体感覚は微調整を絶え間なく行いながら動いているのだと思う。装束は装飾的な理由だけでなく、表面張力のようにギリギリの状態に立たせる装置として機能しているようだ。
竜成さんは今「風姿花伝」でいう能楽師の絶頂期の年齢に近い。20代の頃の舞台を拝見したこともあったけれど、声の響きや動きのキレ、静止の間にもただ止まっているだけではない充実を感じた。ひとりを何十年も観続けることができるというのも、長く舞台に立ち続けることのできる表現だからできることで、同じく加齢していく観客としての自分自身の時間感覚や、受け取れるものの変化も感じられるのではないだろうか。

能にはカタがあるけれど、決まった習得方法がなく、師匠によってそれぞれの方法で伝達されるものだそう。カタはまず自分の外側にあり、はじめは体に沿わない。けれど、何度も反復しているうちに自分の体に沿っていく。それは例えば私自身も俳句やカタの踊りをしていて実感するところである。そのことを竜成さんは無鄰菴の小誌インタビューで「ファッションに例えるとプレタポルテでなくオートクチュール」と話していた。「自分の体にぴったり合ったものでないとカタとは言えない」と。

主観的な体感の基準から一旦離れて、別の形式をインストールし、日々変わる体と共に何十年もカタと過ごす。それは自分に外部の視線を挿入することと重なる。そこからようやく自分の形状が見えてくる。この見えてくるという感覚は「離見の見」にも関わると思う。能以外の芸能、現代演劇やダンスでも、演者は舞台上にいる自分の姿を演じつつ見る視線を持っているけれど、竜成さんは上演の時間に限定せず「自分が死んだ後の世界や生まれる前の時間のことを想像することも、一種の「離見の見」だと思います」と語る。これはすでに死者となった体に引き継がれてきたカタ、まだこの世にいない人にも受け継がれていくカタを身体化することから実感された率直な言葉であると思う。上演の外の時空にも離見の見が、演技の範囲よりも広がっていく。
カタは強固な価値観のようで、けれど本質的には定型ではない。ひとつの視点を定めてくれるものではあるけれど、少なくとも人間を定型化するようなものではないと思う。おそらくその逆なのだ。目に見えて逸脱したことをやろうとしなくてもよい舞や踊りは、人間は定型のカタになど収まらないということを、理屈でなく気づかせてくれる。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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