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Column/ 惑生探査記

荷造り再び

hutatabi

去年12月に引っ越したばかりだけれど、また引っ越すことになった。いろんな条件を満たす家が見つかってしまったからで、物件はタイミングだからこれはもう縁だと思った。
それでアパートの部屋に腰を落ち着けている様子の物をまた移動させなければならなくなった。

食器棚の食器をテーブルに全部並べて古新聞で包んでいく。新聞紙の手触りとインクのにおいには親近感がある。父が新聞社で働いていて、この新聞はお父さんが作ったと聞かされて育ったせいだ。今でも新聞は父の製作物に思え、電車なんかで読んでいる人を見かけると自動的にうれしくなる。
父の新聞に包まれている食器の多くは陶芸をしていた祖父の作った器で、祖父本体は25年前に亡くなっているけれど、孫は祖父の手による抹茶茶碗でグラノーラを食べたり、菓子鉢でタイカレーを食べたりしている。グラノーラもタイカレーもたぶん知らない祖父の好物はゴーフルだった。
器、新聞、度重なる引っ越しに困窮する末裔。

5ヶ月暮らしたところは醍醐という地名で、住所として何度も書く必要がなかったら一生そらでこの漢字で書けなかった自信がある。隣の部屋の住人とは一度も顔を合わさないままだったけれど、近所の河川敷でヌートリアを見た。醍醐というのはチーズに似た食物の名前でもあるらしい。チーズというところに住んでいながら発酵する間もなく出ていく。

前の引っ越しでいらないものは捨ててきたので、今回は物を段ボールに詰めるだけだからそれほど時間もかからない。
できるだけ持ち物を減らそうと思っても、生きているとそれなりの分量にはなっていく。もう読まないかも知れないのに手放す気にはなれない本や、数ページで挫折した哲学の本などが本棚に残る。並んだ背表紙の題名や著者名を眺め、部屋にあるものを見渡してふと、私というのは私以外のものに形づくられているものだと思う。くっついたりはがれ落ちたり削れたり、また別のもので埋まったり風化したりしながら延々形の決まらない粘土の塑像のような。
それ以前の、そもそもあった私というのが、あるとすれば、塑像の最初に粘土をつけるために立てる棒みたいなものだろうか。芯の棒。芯というほどしっかりしたものでもない気がする。彫刻でその芯になる棒は心棒と呼ばれている。芯と心。
芯というよりはもっとつかみどころのない、ドーナツの穴みたいなものを思い浮かべる方がしっくりくる。穴自体には何もないけれど、ドーナツは穴によってドーナツたらしめられ、周りを囲われることによって穴は穴となる。穴自体に内容はないし、穴は意志によってそうなったのではない。穴はないけれどあって、あるけれどない。それで私はドーナツを食べるのが好きなのでよくミスドにいく。最近は成城石井にあるドーナツ型のホットビスケットが気に入って毎日それを食べている。穴はしかしそれぞれの磁気を帯びるのか、その周りに引き寄せられるものは異なっている。

私の発生した地点から考えてみてもそれは他者に委ねられていて、こうして使っている言葉も私のものではない。けれどそれを使わなければ考えることもできないし、こうして読まれることもできない。まるで他者によって作られていくよう仕向けられた場所としか思えないような開かれ方をしながら、人はそれぞれの体を持った個別の孤独でもある。四角い段ボールに囲まれながらそれはとても奇妙だと思った。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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