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Column/ 惑生探査記

何事もない秋の夜

nanigotomonai
夜、窓を開けたまま寝ていると虫の音が入ってくる。向かいに建っているコンクリート打ちっぱなしのデザイナーズマンションの前に植わっている木の根元から。窓ごしに見えているそのマンションを賃貸情報サイトでさらに覗いてみる。一度住人がオートロックのインターホンごしに郵便局員を怒鳴りつけている声を聞いて以来なんとなく印象が悪い。部屋数20戸、1LDKメゾネットタイプで、玄関ドアは深緑色。玄関を入ると、人ひとり通れるくらいの通路があって、壁面左手のドアを開けるとユニットバス、さらにその奥のドアは台所で、通路の反対側には収納がある。通路の先のリビングは10畳半、床は大理石調のタイル敷きで壁は白。部屋の突き当たりの先にはベランダがあって、突き当たりの壁ほぼ全面使って縦4×横4=16マスの正方形の窓枠が切られていて、その内側の縦3と縦3が両開きのガラス戸になっている。光がたっぷり入って開放感のあるこの部屋いちばんのポイントは窓に違いない。2階というか8畳の広いロフトに上がる階段の手すりや窓枠など金属の部分は深緑色に統一され、階段は壁面に沿ってシンプルに木の板で組まれている。リビングは吹き抜けで天井が高い。家賃は向かいにある我が家の倍だった。礼金に5万円上乗せすればペットの同居も可とある。けれどこのペット可は小型犬のみとか条件が付いている予感がする。物件を探すときにペット可とあっても猫はだめというところが大半だったりする。猫可物件は貸家にせよマンションにせよ相当古いか、猫と暮らせることを売りにしているところに限られる。デザイナーズマンションが猫に寛容な気がしない。
虫の音は強さから想像するに鈴虫より大きくて、単体で鳴いていることはわかるけれど、どういう姿の何虫なのかはわからない。遠くの鈴虫の羽音が寝床の耳に届くくらいなら寝入りばなにもいいけれど、その虫の音はリにジを混ぜたような強い音で、わりと執念深く耳につく質の音なのだった。その音に耳の焦点を合わせてしまうと気になってなかなか寝付かれない。さすがに一晩中鳴きっぱなしではないだろうから何かのタイミングで止むのだろうと思っていると、しばらく鳴いては小休止、また始まって小休止、やはり疲れてくるのか徐々に持久力が落ちてきて、短く雑になってきたなというところで、聞いている方の意識もどこかに飛んでいった。そういう、何事もない秋の夜。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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