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Column/ 惑生探査記

マイクロ家族

micro

ぬか床を育てて半年くらいになる。
米屋でもらってきた米ぬかと塩を混ぜるところから始め、発酵を促すために野菜の切れ端などを入れる捨て漬けをくりかえし、乳酸菌を増やしながら育ててきた。徐々に発酵臭がするようになって、見えないものが着実に息づいているのを感じるようになる。最初の3ヶ月くらいは発酵の状態が不安定で、ふたを開ける度にシンナー臭が鼻に刺さる反抗的な時期もあった。漬ける野菜もことごとくシンナー風味になって食べられない。ダメ、セッタイと、唐辛子や塩を加え発酵を抑える工夫をしたけれどなかなか止まなかった。そこで老舗のぬか漬けを買ってきて、その周りについたぬかを加え、若いぬか床の指南をあおいだ。しばらくして若いぬかは先達から学びを得たのか、気がつくとシンナー臭は収まっていた。ちょうど気温が下がって発酵が落ちつく頃でもあった。
冬場、台所の気温は冷蔵庫並みだったので、野菜が漬かるのも時間がかかったけれど、気温がゆるむにつれて今度は早くなる。野菜によって程よい酸味が入る漬け時間もなんとなくわかってきた。寒い時期はもっぱら大根、人参、時々かぶ、小松菜、キャベツ。大根は数日干してから入れると沢庵に近い食感になる。キャベツの芯にはラブレ菌というぬか床と相性のいい菌がいると同じくぬか床を持つ友人から教わり、それ以来キャベツの芯はただの生ゴミではない力を秘めたものに見える。
はじめる前は毎日かき混ぜなければならない手間や、漬け物に無関心な子供の頃、実家の台所の裏にあったぬか床のにおいはただただ異臭と感じられので、続けられるかどうかと思っていた。いざやってみると1日1回かき混ぜるだけで、あとは野菜を入れておきさえすれば勝手に調理してくれるようなものなのでむしろ助かる。しかも栄養価を損なわずむしろ高めて返してくれる。ぬか床に混在する菌の加減で違った味わいになるので、その家の味になるところもおもしろく、見えないけれど生きものの働きを実感できる。自然と愛着もわいてくるし、やってみるとまったく面倒なことではないのだった。ぬか床の中で何が起こっているのか詳細にはわからないけれど、とにかく夜漬けたきゅうりが朝にはちゃんと漬けものになっている。謎の工程を含む見えないものの作用にまかせてしまうこの手抜きは、大変いい手抜きだと思う。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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