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Column/ 惑生探査記

メダカの食欲

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去年睡蓮鉢に植えたヒメスイレンは秋に枯れ、冬は厚く凍った水の中で生きているのか死んでいるのかわからなかったけれど、春になって葉が水面まで伸びてきた。同時に水中をせわしなく動きまわるボウフラも出てきた、と思ったら日に日に増えてちょっとしたおぞましい量に達した。4月でこのおぞましさなのに夏はどうなるのか。今のボウフラがすべて蚊になってさらにボウフラが増えることを想像すると、まだ噛まれていない膝下全域がすでにかゆい。

ある日、百貨店の屋上のペット売り場に魚類がいるのに気が付いた。睡蓮鉢のボウフラ対策にメダカを飼うのがいいらしいと去年も悩んだけれど、売っているところがなかなか見つからなかった。これはついにタイミングが来たのだと思って150円のヒメダカを4匹買ってきた。メダカは空気がパンパンのビニール袋に入って百貨店のエスカレーターを下ってうちにやって来た。

水温を合わせるためしばらく袋のまま睡蓮鉢に浸け、1時間ほどした頃に放流した。一緒に買ったマツモを浮かせると睡蓮鉢がいい雰囲気になる。突如見知らぬ世界に放たれたメダカは瞬発力をみなぎらせた線的な泳ぎで水中を突っ切る。その様子ボウフラたちはパニックに陥り、一斉に水面に逃げて無数の茶柱のように縦に浮きはじめた。これはなんの真似だろう。

メダカは徐々に落ち着いて偵察をはじめ、泳ぎながら鼻先にあらわれたボウフラを吸い込んだ。4匹のうち2匹の体格の小さいメダカは大きめのボウフラを口に入れて飲み込めず吐いたりまた飲んだりしている。4匹はさっそく手当たり次第にボウフラを食べはじめた。生き餌の味に興奮するメダカと、天敵のいなかった楽園生活に終わりがきたのだというボウフラの絶望感が水面に漂っていた。

とはいっても全部食べきるにはかなり時間がかかるだろうと思っていた。

ところがそれからわずか3日のうちにボウフラは完全に姿を消したのだった。ほんとうにこの小さな4匹が全部食べたのだろうか。もしかするとボウフラの方に知恵がつき、底の赤玉土にもぐっているのではと割り箸でかき回してみたが出てこない。やはりメダカが全部食べたらしい。それ以来メダカは小さくてかわいい淡水魚というより頼もしいそれなりの肉食魚に見える。

これを書き終えたすぐあとに様子を見に行ったら1匹鉢から少し離れたところで干からび、じゃこのようになって死んでいた。辛い。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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