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Column / 惑生探査記

キノサキにて

kinosaki

先週の頭から城崎にいる。城崎といえば城崎温泉。
温泉街の真ん中には大谿川という川が流れていて、枝垂れ柳に石橋の掛かる風情ある川を挟んだ両岸にいくつもの旅館やお土産屋、食べ物屋、7カ所の外湯があり、旅行客はそれぞれに浴衣を着て湯巡りをする。若い女性向けには何種類か好みの色柄の浴衣を選ばせてくれる旅館もあるようで、3月は春休みの卒業旅行なんかで女の子や若い恋人同士が多く、色とりどりに下駄の音を響かせて外を歩いている。夜になって街灯の下、照明装置が灯れば特に浴衣姿の人びとが行き交うところに混ざって旅情風景に溶け込める。特に下駄は普段履いている靴と足下の感覚を大きく変えるから、いつもと違うところを歩いていることが身体的に作用するし、慣れない鼻緒が痛いのも含めて高揚感がある。少し履いて歩くといい音が鳴るようになる。地面との響きの心地よさに身を任せていれば、身に覚えがなくても体の底の方からどこかなつかしさを呼び出されるところもある。そんな音の出る履物をはいて実際その場所を歩くカランコロンと行き交う人たちのカランコロンは合わさり、街の風景に作用していることが実感できて旅行客はその合奏を楽しめる。温泉街はそういう非日常を旅させてくれる街になっている。
私は旅とは違う用があって来ているので旅館に泊まってもいないし、浴衣も持っていない。お湯に行ってもいちいち厚着している洋服を脱いだり着たり、スニーカーを履いて温泉旅行の色気もないので、そういうのを楽しむ人たちをちょっといいなと思いながら眺めている。
脱衣所は明るい声の女の子たちの会話と浴衣の色で華やぎ、旅館でいつもより豪華な夕食をとったあとのお互いに膨らんだお腹のことを笑い合ったりしている。銭湯だとどちらかと言えば歳を重ねた体とすれ違うけれど、20代そこそこの女の子がほとんどの風呂かのなかでは丸みと張りのある白い肌の輪郭が目にとまり、曲線が湯気にぼかされて浴室全体をまろやかに満たしている。洗面台に並んで座り友達同士シャンプーを貸し借りして香りや泡立ちの良さを讃え合っているその傍では、旅行客ではない近所の顔見知り、お互いの裸にも慣れている同士が泡立てた手ですでにいろんなものを背負ってきたのだろう背中を洗い合っている。露天風呂に浸かりながらするのは仕事の愚痴や恋愛の話、3月といっても日が暮れると外は冬のコートを着ないと寒いくらいなので、なかなかのぼせないから長話をしていく。ひとりで隅の方に浸かっている女の子は外で恋人と待ち合わせをしていて、自販機のアイスクリームをひとつ買ってふたりで食べながらお揃いの浴衣で宿に帰っていった。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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