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Column/ 惑生探査記

壁も塗れるはず

kabe

引っ越してきた家は外から見た感じはそうでもないのに、築年数は住んでいる界隈でいちばん古いらしい。確かに家の中のあちこちに年季を感じさせるところはあって、それを良さ思える部分と、ちょっとどうにかしないと住むにはな、というところがある。そのどうにかせねばならない最たる箇所が押入れだった。
最初開けたとき慄いた。土壁で、剥落を防ぐためにその上から全面茶紙が貼ってあり、その茶紙も相当古くなって所々シロアリの這った跡が見られ、貼った紙も半ば剥がれてまさにボロボロだった。押入れというか洞窟に近い雰囲気さえ漂っていた。
とりあえず全面の茶紙と床面に画鋲で貼られた80年代くらいの雰囲気のアイドルポスターを剥がす。紙の隙間から銀色の小さいフナムシのようなやつが走って逃げていく。土壁の全面があらわになったことでさらに洞窟に近づいてしまった。ここに毎日布団を出し入れしていたら擦れて落ちた砂のざらざらの上で寝ることになるだろう。
新しい紙や布を貼るかと考えた。けれど壁とのあいだに虫が巣食ったりカビが生えたりしてきそうで、その場しのぎでない自力でやれる最善の解決法は、壁を塗り直す、だった。
土壁の補修を調べてみると、漆喰は土壁の上からでも塗れて、吸湿、防カビ、消臭など押入れにとって良いことずくめだった。コテを使って左官職人のように上手くやれるイメージが全然できないので、刷毛とローラーで塗れるペンキタイプのものと下塗り塗料や必要な道具一式と注文した。とにかく荷物が押入れに仕舞えないのでは部屋が一向に片付かない。壁を塗るのは大変そうだと思ったけれど、もうやるしかなかった。

まず土壁の汚れや埃を落とすため、小さいほうきで壁の表面を軽く掃いていく。
そのあとマスキングテープを柱や桟に沿って貼り、押入れの中板と畳にビニールを敷き詰める。これだけでも結構時間がかかるけれど、マスキングを怠ると塗料がはねたり溢れたりして、後の掃除にむしろ時間を取られる。
マスキングテープは思いのほかたくさん使うので、余分に買ってちょうどいい。部屋の養生ができたらまず下塗りのシーラーを塗っていく。白色でゆるいボンドのような質感の塗料。これを塗ると砂が落ちてこないようになり、漆喰を塗るための下地ができる。ローラーでは塗れない4辺の端を刷毛で塗ってからローラーで面を塗る。塗料を含ませる量、ローラーを動かす速度を心得ないあいだは塗料をぼたぼた落とし、飛沫を浴びる。だんだんちょうどいい感覚がわかってくる。土壁は塗料をよく吸うので1度塗って乾いたら2度塗り。塗料のにおいのせいで頭がずきずきする。でもしばらくして塗料のにおいが飛ぶと水気を含んだ土壁の仄暗い官能的なにおいがしてきた。
1日置いて乾いたら漆喰の本塗り。手順は同じで1度塗って乾いたら2度塗りで仕上げ。下塗りでムラになっていた部分も塗り重ねる毎に均一になっていく。乾くとぐっと白さを増し、光を吸う土壁から白く明るく広がる壁が出来上がっていくのは高揚感がある。作業としては丸2日間ほとんどかかりっきりで、三畳間の壁面の押入れと余った漆喰で部屋の壁も塗ってしまった。
乾かしているあいだ早くマスキングを剥がしたくなる。作業中は完成図が見たいがために体力以上に集中力が保ってしまい、やり切ったらぼろ雑巾のように疲れ果てていた。マスキングを剥がすときは、壁とテープの間にカッターの刃を沿わせるときれいな直線が出る。テープに付いた漆喰がぱらぱら部屋に舞い散っていく。
養生を剥がして部屋を掃除するあたりには朦朧としていた。そのかわり押入れと壁は見違えるように美しくなった。そうなったらまた欲が出て、襖も張り替えたくなり、襖の枠の漆が剥がれているのも気になり、小襖含め9枚の襖を張り替え、漆を塗り直し、蛍光灯だった電灯をペンダントライトが付けられるよう接続を替えたり、思った以上に苛烈な連休は終わったのにまだ、畳表 張り替え 自分で と検索ワードに打ち込んでいる自分にはっとした。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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