寄稿 寄稿

Column/惑生探訪記

ドキュメンタリー映画「ジェイン・ジェイコブズ ーニューヨーク都市計画革命ー」

IMG_0543

この映画を見るまでジェイン・ジェイコブズという名前も知らなかった。
ジェイコブズはアメリカのジャーナリストでノンフィクション作家で、1961年に書かれた『アメリカの大都市の死と生』が有名な著書。ニューヨークのダウンタウンに暮らす二児の母だった。あるとき街に高速道路を通す再開発計画が発表されたことを機に反対運動の先頭に立って活動を始める。
この映画ではジェイコブズと対立して都市開発の帝王と呼ばれたロバート・モーゼスという当時ニューヨークの都市計画に強い権限を持っていた人物が登場する。モーゼスは低所得者の居住地をスラムとして、そういった地区を一掃して10階建以上の公営住宅をばんばん建て、クリーンで自動車中心の近代的な街づくりを推進する。ジェイコブズはその真逆で、そこに暮らす人の目線から街づくりを考えなければ都市計画は必ず失敗すると主張した。モーゼスの主張にはスラムは不衛生で犯罪の巣窟であるから、貧しい人々も公営住宅のような整頓された箱型の住まいに暮らすようになれば、そのように従順な人間になり、街の雑多な景色も一掃されるであろう、という目論みが含まれている。しかしそれは生活者でもあるジェイコブズにとって到底理想の街とは思えなかった。
都市は多様な人々が多様な生活を営む場所であり、その様が街の表情を作るものだというのがジェイコブズの主張で、都市が多様性を持つための4つの条件をあげている。簡単に言うと1、地区には主要な主要な用途が2つ以上望ましくは3つ以上存在しなければならない。人々が異なる時間帯に異なる目的で外出したり留まったりする場所であると同時に、人々が多くの施設を共通に利用できること。2、街区のほとんどが短くなければならない。街路が頻繁に利用され、角を曲がる機会が頻繁に生じていなければならない。3、地区は年代や状態の異なる様々な建物が混ざり合っていなければならない。古い建物が適切な割合で存在すること。この混ざり合いは非常にきめ細かくなされていなければならない。4、目的がなんであるにせよ人々が十分に高密度に集積していなければならない。

このジェイコブズの条件は都市の近代化を加速させようとする動きとはぴったり当てはまらない。それまで営まれていた暮らしを切断して、生活者以外の外からの目線で設計した場所に整理整頓して人を住まわせようとすること、人の暮らしを管理しようとすることはやはりうまくいかなかった。アメリカ各地に建設された公営住宅の多くは数十年のうちに荒廃し、巣窟化していった。窓ガラスはほとんど割られ、廃墟の様相になって結局取り壊されることになる。つまり途方もない失敗だった。
そこに住まない人の理想で肥大化した公営住宅群がダイナマイトで爆破され積み木のように崩れ去っていく。爆破の映像を眺めながら、お仕着せの場所に人を押し込めてもだめなのだと思った。特に貧困の目立つ地区に公営住宅を建てて、そこに住まうようにとあてがわれた住まいというのは、以前より清潔で便利になったこともあるかも知れないけれど、それまであった隣近所との近しさや生活の肌理はことごとく失われてしまっている。整頓され管理されているという体感や、街の風景から阻害された自分たちの暮らし。そんな居場所を芯から愛せるはずがない。

それまであったものを損なわず、住む人たちを中心に改善すべきことを改善しながら街は代謝していくべきで、経済効果や体裁のために急激に変えてはいけない有機的な場所なのだ。ジェイコブズが言うように古い建物が混在しているべきだというのは、風景に積極的に過去を同居させるということだと思う。古い建物に歴史的価値があるとかないとかでなく、建物や街並みというのは過去を反映するもので、痕跡と共にあることは多くの人に住み継がれてきた時間を含み、また現在そこに住む人も、過去と現在進行形のあいだで自分も過渡の中にいることを感じることができる。
ちょうど先月、兵庫県豊岡市の街をリサーチしてテキストを書く仕事をしていた。豊岡の街は北丹大震災で大きな被害を受けている。そして洪水が頻繁に起こる円山川と共にあり、街は震災後に作られた区画や復興建築と呼ばれる地震に強い石造りの建物、治水工事の名残がある。高齢化や商店街に人が来なくなるなど地域が抱える問題もあるけれど、街を歩いたときに時間の変遷を感じられる場所には魅力的がある。私が住んでいる京都のような観光地になるとまた話は別で、名残以上に街は演劇的に振る舞うけれど、豊岡はそうではない生成りの部分が多く見られた。

自動車中心になっている国道沿いなどは、どの地域でもお馴染みのチェーン店が並ぶ似たような風景になる。そういうところは歩いてもあまりおもしろくない。もちろん立地の問題で生活に車移動が必須の地域も多いし、流通に道路は不可欠だけれど、人が日々を生きる上での豊かさとは何かを問い直したときに、自分が暮らす街の「いい風景」を改めて想像できるようになるのではないだろうか。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

page top