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Column / 惑生探査記

House Houser Housest 2

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実家に帰るとテーブルの上に2つずつ包装されたロールパンをやたらと見る。スーパーでは見かけない袋で、給食で出されそうな雰囲気のこのロールパンは何かと母に尋ねたら、おじいちゃんが残すのだと言った。
祖父は1年ほど前に長年住んだ家から介護付高齢者マンションに引っ越した。
その部屋の壁紙は真っ白で、玄関もお風呂もトイレも引戸で手すりがあり、玄関からずっと段差がなく全面カーペット敷きになっていて、体の自由が効かないようになっても勝手のいいように作られている。お湯くらいなら沸かせる電気調理器付きの小さな台所と冷蔵庫も部屋にあって、冷蔵庫には祖父の好物、コーラや晩酌のアテになるものが入っている。机の上に置かれた和紙の貼ってあるペン立てや湯のみなどの小さいもの以外、それまで暮らした家にあった家財道具一式、大半の物を処分して移ってきたので、数十年に及ぶ生活の名残はない。私が今まで住んだどの部屋よりもきれいな新築のにおいに満ちたワンルームに祖父はいる。胃がんを切って以来痩せた祖父と真新しい部屋のコントラスト。カーテンのグリーンが澄んでいる。
そこに住むのは祖父の意思というよりは、痴呆の気配が漂いはじめた親を自宅の近くに住まわせて看ながら働きたいという母の意向だった。
三度の食事は施設の一階にある食堂で出されるので食事の支度はしなくてもいい。実家のテーブルに溜まっていたロールパンはそこで出される朝ごはんで、朝は米とパンが交互、さらにパンは食パンとロールパンが交互に出される献立らしく、ロールパンが好きではない祖父は、ロールパンの日だけ自分で買っておいた食パンを部屋のトースターで焼いて6階の自室から1階の食堂に運んでいるらしい。朝、パン皿のトースト片手にエレベーターに乗って降りていく祖父の姿を想像するとなんか可笑しい。
それで週に一度は様子を見に行く母が、行く度に祖父の部屋に持ち帰られた余りのロールパンを持って帰ってくる。
けれど実家に持って帰って来られたロールパンも食卓の隅で賞味期限が切れていることが多い。朝ときどき妹がそのロールパンに前の晩のサラダやチキンの残りを挟んで食べたり、寝坊して時間のないとき乱雑にかじられたり、ロールパンはなんとなくまばらに消費されたり処分されたりしている。
真新しい終の住処で祖父は週2回出てくるロールパンを、一生食べないつもりだろうか。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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