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Column / 惑生探査記

ひと肌

人肌

日没が日に日にはやくなり、まだ夕方だと思っていたのに屋外に出ると急に風景が夜に押し出されていて、置き去りにされたみたいでなんかさみしい。
多少の厚着をしたつもりで出掛けたのに防寒も追いつかず、さみしいついでに羽織るものでも買ってしまおうと洋服などを見てしまう。買ったものをその場で着て帰る。でもそんなふうに出会ったものを案外気に入って長く着ていたりする。
温かいものを食べて暖をとる。うどんとそばだとうどんの方がより温まりそうな見た目をしている。きつねがしっかり甘い。
湯船のお湯は熱めに張る。住んでいる家が古いので脱衣所と浴室はもともと中庭だったところに増築したような造りで、トタン屋根には隙間があって屋内とは言えたぶん外気温と大差ない。湯船に冷えた体を放つとレトルトカレーになった気分がする。袋の中の、皮フの中身がお湯の温度で温まっていく。自分では開封できない中身が、たぶん詰まっているのだろうけど。むかし「人体の不思議展」で見た人体解剖標本みたいに。でもあれを見たとき、なぜ、どうやって人が生きているのかを知ろうとしてメスで切り開いていっても、その先にあるものはただ行き止まりの肉だと思った。中身の種明かしをされてもよくわからないまま既に生きていることにはかわりないし、よくわからないまま動かされている。器官の話しじゃなくてなぞの動力。時々そういうことに面と向かってあ然とするのが好きなのだった。
湯船から出たくない。そのまま湯船で湯気に紛れて航海に出て目を覚ましたら指がふやけきって気持ち悪いことになっている。お湯の温度も下がってきたので諦めて出る。それですぐ温まった状態で布団にはいればいいのに、取り立てて別にしなくてもいいような細々したことをやり初めてしまって、結局手足は冷えきっていく。
胸が苦しくて眠れない夜。
猫は寒がるけれど布団の中に入るのが好きじゃないので、掛け布団の上に乗ってくる。どうもみぞおちの辺りが落ち着きよいようで、そこを狙って座りにくる。首を起こすと目が合う。寝返りをうつと退くけれどすぐにまた戻ってくる。胸が苦しくて眠れない。猫4キロの重圧で。
秋はひと肌が、という定型句に則りあるいは乗っ取られ、ひとの肌が恋しくなる。誰かに触れる表皮は、機能を持ったバリアの皮フからやわらいで肌という皮膜になる感じがする。ひと肌と自分の肌の境界が接するとき、肌身離れぬ肌の内に私たちがそれぞれ隔てられたものであることを、ただうれしく思う。

嵯峨実果子 
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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