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Column / 惑生探査記

晩秋の台所

bansyu

唇がやたら乾燥するようになって、夕飯の献立を考えるのにまず土鍋の図が浮かぶ。
数年前韓国に行ったとき土産物屋で、日本人の作るキムチ鍋は水っぽい、なぜなら最初にキムチを炒めないからだ、この唐辛子粉とこのキムチをこのごま油で最初に炒めると格段にうまくなる、とセールスされながら教わった。それを参考にショウガとニンニクも擦って最初にキムチを炒めてからスープを注ぐ作り方が定着した。しめは中華そばが合う。
鶏団子鍋のときは鶏団子には花椒を効かせて、ポイントは笹掻きごぼう、最後にうどん。味噌バター鍋は鮭、キャベツ、きのこ、その場合は雑炊。楽で財布にやさしい白菜と豚肉を重ねて蒸す鍋。
寒くなってきた夜、夕飯を済ませて土鍋を洗うくらいの時間帯になると、台所になめくじが出る。何が目的でどこから侵入してくるのか、壁や床にひっついているのを一晩に一匹は見つけてしまう。ティッシュごしに触るのもイヤだったのがもう見慣れてしまって、なんだまたかと思う程度になっている。最初はつまみ取って窓から捨てていたけれど、あまりに毎晩あらわれるので同じやつなのかも知れないし、違ったとしてもこの方法では増える可能性を残してしまうと思った。それでキッチンペーパーに包んでその上から輪ゴムでぐるぐる巻きにして燃えるゴミに捨てることにした。もう何匹そうやって葬ったことか。私がなめくじだったらこのやり方を呪う。それだったらまだ塩で溶かされたい。むしろ溶けていくのは気持ちいいかも知れないし、できれば塩より砂糖にしてほしい。とにかくそんな業を増やしているので、天国があるんだったらそこへは行けない。なめくじのせいで。
効果的な撃退法があるだろうかと検索すると、夜行性、雄雌同体、家族で行動するので一匹見つけると数匹いるなどのなめくじ知識を得た。ビールのにおいに寄ってくるそうで、飲み残しのビールを容器に張って置いておくと朝には団体で溺死しているらしい。後処理の地獄絵図を想像すると実行に移せない。
そうやってなめくじの検索履歴を増やすさなか、ふと食べられるのだろうかと思ってしまった。なめくじはカタツムリの殻が退化したものらしいのでひょっとしてと思って調べてみた。やはり生ではだめで、でも火を通せばどうやら食べても害はないらしい。 なめくじと食べ方、という言葉が繋がるはずなかったのに、見慣れてしまうことは恐ろしく、拒絶を通過した先に対象への視野が広がると新たな角度からその対象を見る事ができてしまう。やっぱりエスカルゴバターが合うのだろうか。そんなことを考えているせいで、中華料理屋で炒飯を頼んだら付いてきたスープに浮いていた椎茸の細切りにはっとさせられたりする。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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