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Column/ 惑生探査記

4月素描

april

ストーブを仕舞おうとしたらスチームの給水口から冬の水が出た。

ごろごろ特売ブロッコリーもよくよく見れば咲く予定の密集で、店先の箱に折り重なりながら陽気でじんわりつぼみをゆるめる。たとえ黄色くほころんでも見頃をむかえず見切りとなる運命であろうが、ブロッコリーは野菜である前に植物であるから咲くのが道理で、春はそういう動きを目に見えてもたらす。玉ねぎも根をはやし球根に戻りつつ、じゃがいもは芽を動かす。

3月のうちに桜は満開の爛漫で日中は連日20度を超えているから花保ちも期待できそうにない。今年の新入生は蕊桜の花道を歩くことになるのだろう。桜をみるとき、目の前で咲いている様子を眺めてああ今年もと思うとき、咲き姿に重ねて去年やそれより前の桜を思い出す。同じ木でなくても去年はどこで見たなとか、記憶のなかの花の風景もそのとき返り咲いている。そういう外と内の花見がある。桜は循環する時間と後戻りしない時間の重なりに立っていることをふちどる。

花粉の飛散が落ち着くまで布団を干すのは控えようと思っていたけれど、日向に体をひろげて白いおなかを輝かせる猫を見ていると、この惜しみない春に布団をさらさないのはいよいよ愚かに思え、鼻炎の方をあきらめて干した。春は鼻の奥で血のにおいがしている。

眠い。

河川敷を歩いてカラスノエンドウの若い芽を摘んだ。あの小さい豆はあまりおいしくないけれど、花芽はおひたしにできるくらい癖もなくやわらかく食べやすい。大体のひとが花を見るのに上を向いているところひとり地を這っていると知らない子どもが関心を寄せて寄ってくる。カラスノエンドウはもう少し温かくなるとアブラムシがたかるので食べるなら今が旬。その傍ではスギナも育ちつつありスギナの中につくしは点々と、おかずになるほど生えてはいなかった。カラスノエンドウは漢字だと烏野豌豆と書く。漢字だとどこの空き地にも生える雑草から立派な春の野草の印象になる。洗って茹でてパスタにあわせた。ベーコンのピンクと春野の濃い緑、野趣あふれる烏野豌豆ペペロンチーノ。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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