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Column / 惑生探査記

あまりある余り

ariamaruamari

ホットケーキ作ろうと思うときの意欲の約3割は、生地の残ったボウルと泡立て器とかを舐めたいという欲求に支えられている。
ホットケーキだけでなく、スポンジケーキを焼くとか生クリームを泡立てるとか、その作業も完成品も好きではあるけれど、汚れたボウルの洗い物が出ることをもしかすると何より心待ちにしている。へらできれいにこそげ取れるところを舐めるぶん若干残してさえいる。こういう表立って言えないような好物は決して店で出されるものではないし、自分で目的物をとりあえずは作って、副産物として得るしかない。舐める用のホットケーキの生地を作る、ではだめで、それには全くそそられない。あくまでも残ったもの、もうあとは洗うだけの、洗い物になったものがいい。なぜそんなものが好きなのかよくわからないけれど確かに美味しいと感じている。同じくカレーとかシチューの食べ終わった鍋も好物に数えられる。

何かの主目的のために出た副産物とか切れ端にどうも惹かれる。ここ数年使っている鞄も野球のグローブを作るときに出た革の端切れをパッチワークのようにつなげて作られている。革のわりに値段が手頃で強いし使いやすく、今では同じ型で色違いの鞄が3つあり、季節ごとに使う色を決めている。ちょうど9月までが青で10月から赤に変えたところ。

副産物ではないけれど、もともと誰かの持ち物だったものを着ている事が多い。よかったらと譲ってもらったものは、何よりそれが誰かから自分のもとに渡ってきたことにオリジナリティーを感じるし、愛着が沸く。例えば真冬に着ているダウンコートはとても好きな人からもらったもので、それも相まって温かい。
出産した友人が母親になる前に着ていたワンピースが着辛くなったからと譲り受けた。全体がマゼンタくらいの明るいピンクできれいだったけれど、袖を通してみると滅多に着ない鮮やかな色と肌が馴染まず落ち着かなかった。形はいいのでどうにか着る手段はないかと考えて、染める事を思いついた。簡単に染め替えができる染料が手芸用品店で売っている。あとはお湯と塩とバケツ。ピンクの上から何色を入れるか。実験精神で青を選んだ。染料と結構大量の塩をお湯で溶いてピンクのワンピースを青い液体の中に沈める。20分くらい休まずゆっくりかき回して45分置いてから濯ぐ。乾くのを楽しみに待つ。物干しに駆け上がり乾いたワンピースを取り込む。染まった色は赤みの強い紫で、ピンクのときよりずいぶんトーンは落ちていた。それでも着てみると色味を強く感じ、一度着て外出したら一日中そわそわしたのでまた染め直すことにした。今度は深い緑を入れた。そしたら小豆がかった茶色になってそれでようやく落ち着いた。

食べ物でもカステラ切れ端、割れせん、酒粕、おから、魚のあら、すじ肉などに惹かれる。値段が安いせいも大いにあるけれど、手間をかけたらその分おいしいものや、なんだか栄養のありそうなものが多い気がする。
でも例外もあった。祖母の作る昆布の佃煮がおいしいので、出汁がらの昆布をためておいて作り方を聞いたとき「そんなんうまみ出たあとの、仕事終わったもんで作ってもあかんで。出汁がらなんかためとかんと捨て。まず昆布はええの買い。」

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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