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Column / 惑生探査記

秋の日は

akinohiha

昼間半袖サンダル履きで家を出て、日が暮れてから自転車で走っていると、その格好ではもうあきらかに寒かった。秋だから葡萄色、と思って塗った足の指の紫は、冷えて血色の悪くなった足を過剰に演出していた。死人の足がペダルを漕いで、どこへ向かっているのだろう。

真夏のあいだは好物の煮干しをトッピングしてもキャットフードを食べ残していた猫らも徐々に食欲が増し、夕方になると自らごはんの催促にやってくる。あっさりしたボリュームのない夏毛だったのが、細かくて密度の高い冬毛を首まわりに生やしはじめている。成人式で振袖のとき猫も杓子もという感じで首に巻かれるあの白いファーを思い出す。あまのじゃくに祟られて着けなかったけれど、あのとき以外巻く機会はなかったのだから巻いておいてもよかった。ふわふわになってきて触ると気持ちいいのでいつもより余計触ってしまう。

お風呂の給湯器の温度を1℃上げる。42℃。

暑いときは如何に火を使わず楽をして、材料が傷まないよう料理を済ませるかを考えていた。とにかく暑いから。野菜はひたすら酢漬けにしてしまう。ピクルス、浅漬け、ごま油を効かせたり、インド、ネパール料理屋で出されるアチャールを真似したもの。レモン汁とすりごまと塩と砂糖でマリネした野菜にスパイスを入れて熱した油をかける。ジュッといってそれで一挙においしくなる。肉はジップロックに入れて熱湯に漬ける低温料理で茹でたのを冷蔵庫に入れておき、そういう作り置いたものを適当に皿に盛り合わせると、きちんとしている感じになって気持ちも養われる。あとは冷や汁というきゅうりの入った冷たい味噌汁にごはんを入れた冷し猫まんまを食欲不振の猫の傍ですすっていた。猫のごはんにトッピングされた煮干しは主にこの冷や汁の出汁を取ったあとの出汁がらだった。

気温が下がってくると打って変わって調理に火を使たくなるし、根菜を煮たくなる。特に大根、大根を煮るということをしたくなる。面取りして、隠し包丁を入れて、淀みなく出汁の染みた結晶のように仕立てたい。
暑いときのカレーはあまり煮込まなくてもいいキーマ、チキン、タイカレーだったのが、ルーを使ったじゃがいもとかにんじんがごろごろしたカレーとか牛すじのカレーを作りたくなる。

言葉を書こうとするときにも季節の体感にとても影響を受ける。着るものの厚みや肌触りにも、温度や季節の匂いにも心境が作られる。体は常に周囲を察知して、意識的にならなくても受け取ってしまう。そういう形をしている。
腕にはまだ日焼けが残っているけれど手先には冷えがきている。
パジャマを長袖にした。夜、死んだ蝉のすぐ傍で鈴虫が羽を震わせるのが闇と網戸に漉されて届く。

嵯峨実果子
1983年京都生まれ。詩人、文筆家。 「ミことば」で平成27年度第33回 世田谷文学賞 詩部門受賞。趣味は芳香植物の栽培と観察。 mikakosaga.tumblr.com

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